Fahrenheit -華氏- Ⅲ
最初に振り返ったのは、彼女らの噂話しに唯一反論(?)していたマナミ―――と言う子で、
その子はいつだったか、やはりこの給湯室であたしと仲良くお喋りしてくれた総務課の女の子だった。
「か、柏木補佐―――」
マナミさんは大きく目を見開き
「ヤバっ…!」他の女の子たちは慌てて口を覆うと、
「あ、あたしそろそろ戻らなきゃ~」と取って付けたように言い、「お疲れ様で~す」と作り笑いを浮かべながら何事もなかったかのようにあたしの横をすり抜ける。
唯一残ったマナミさんが、あたしの落ちたマグカップを拾い上げ
「あの……大丈夫ですか…」とあたしを覗き込んだ。
「……ええ、大丈夫です…」ありがとうございます、一言言い添えてカップを彼女から受け取る。
コーヒーでも淹れようと、思ってきた。
でも―――あたしは、今何の目的でここに来たのか、分からなくなっていた。
視界がぐるぐるする。
コーヒーを……
そうだ、コーヒーを淹れに…
確かフロア共有のインスタントコーヒーの粉が入った缶が―――シンクの……
シンクの下――…?
いや、上だったかも…
とりあえず、お湯…お湯を沸かさなきゃ……もう沸いているかもしれない…
思考がまとまらなくて、ふらつく足取りで何とか給湯室に入ると
「あの、大丈夫ですか」とマナミさんがあたしの後を追いかけてくる。
「大丈夫―――……」
と言いかけながら、あたしの足は一気に崩れ落ちた。
「柏木補佐っ!」