Fahrenheit -華氏- Ⅲ
神来社支社長は
「なるほど、あなたが焦るぐらい……このこと神流会長のお耳には?」
「勿論知らないと思います。派閥のことを考える暇もない程多忙な父に代わって私が」
いつになくかしこまって言うと
「本当に―――……神流会長は、素晴らしいご子息を持って幸せ者ですね」
神来社支社長はどこか寂しそうに笑った。
それは―――
実の父親に愛情を向けられなかった自分のことを卑下しているのかどうかは、俺は分かりかねた。
けれど根本はきっとそこにあるのだろう。
だからこそ新しくできた家族のことを自分以上に大切にしている、そんな気がした。
そこから話は逸れて、神来社支社長の家族自慢が始まった。
自慢とは言っても可愛いもので、孫の話ばかりでスマホに取り収めた写真も見せてくれた。
5歳ぐらいだろうか、本当に可愛い女の子だった。ピンクのワンピースが良く似合う。
やはり血族なのだろうな、顎の形が神来社支社長に似ている。
その衣装を紫利さんが褒めると神来社支社長は「実は先月プレゼントしたばかりのもので」とまたぞろ嬉しそうに頭を掻いていた。
息子と嫁の話も出た。
夫婦間は良好のようで仲睦まじい。そして神来社支社長夫婦も同じ様で。
入り婿と言っても、常務の役職を退任したとは言ってもまだ健在な神来社の両親は支社長のことを可愛がってくれているようだ。
それを聞いて安心した。
最後の甘味もしっかり味わって、神来社支社長は支払いを申し出てくれたが、それは流石に全力で断った。呼び出した俺が持つのが常識だ。
そして彼はお抱えの運転手が運転する車に乗り込み
「東京ばな奈ありがとうございました」と何度も頭を下げ、俺と紫利さんはきっちり頭を下げ、立ち去る車を見送った。