Fahrenheit -華氏- Ⅲ
あたしは慌てて紫利さんに電話をしよう―――と思って、とりあえず着信履歴を確認した。
あたしがお風呂に入っている間、ほとんどが葵さんの着歴で埋まっていたけれど、二件、紫利さんの着信が残っていた。
葵さんの着信で埋もれて、危うく見逃す所だった。
あたしは早速紫利さんに電話を掛けた。
『もしもし?』と紫利さんはすぐに電話に出てくれた。
「あの…柏木です。すみません着信に気付かず、お風呂に入っていたもので」
『いいえ、気にしないで。私の方もね~教授会が近くであったから、ちょっと寄ってみただけなの。瑠華ちゃん元気にしてるかな~、そう言えば最近食べてなかった気がするな~、と言う具合でね』
教授会?聞き慣れない言葉に目をまばたいていると
『私の主人が勤めてる大学の教授たちが集まって、まぁ早い話パーティーみたいなものね』
「ご主人は一緒では…?」
『これから懇親会と言う名の二次会で、私は疲れちゃったから先に帰ることにしたわ』紫利さんは可憐に笑う。
「パーティーと言うのも大変なのですね。でも抜けてしまって大丈夫なのですか?」
アメリカじゃパートナー同伴と言うのが当たり前のスタイルだった。
『大丈夫よ、教授たちと研究話ばかりで私が入っていけるわけないしね』
「ご主人の研究は何を?」
『主に細菌学ね。おかしいわよね、カビのことばかり調べてるの』紫利さんが電話の向こうで苦笑するのが分かった。
「カビは重要ですよ、家の中では困りますが特に医療の場では。1928年、アレクサンダー・フレミングが、ブドウ球菌を培養中にカビの胞子がペトリ皿に落ち、カビの周囲のブドウ球菌が溶解しているのに気づいたのがキッカケでぺニシンを創り上げたのです」
あたしの説明に紫利さんは少しの間沈黙した。
「す、すみませっ…!」
慌てて謝ったけれど
『何となくは知っていたけれど、そこまで詳しく知らなかったわ、流石ね。主人と話が合いそう。今度紹介させて?』と紫利さんは明るく笑った。
笑って―――くれた。