Fahrenheit -華氏- Ⅲ
意図したことじゃないが、思わず二人して佐々木を見ると、
「え?」と佐々木はちょっと驚いたように目を開き「あの…僕、変なこと言いました?」と目を上げる。
「いや、お前ってそうゆう前向きなヤツだっけ?って」
取って付けたような言い訳。特別前向きなヤツじゃなけりゃ後ろ向きでもない、ふつーなヤツだが、
「お前はゲンキンだな」俺は笑った。
「もしかして部長は僕を餌付けしたんですか」と佐々木が俺をちょっと睨む。
「そんなとこ~♪」俺はわざと空元気に笑い、ちらりと瑠華の方を見たが、瑠華はもう佐々木や俺の方を向いていなくて、片付けを終えた紙袋をフロアの隅にある大きめのダストボックスに運んで行った。
そうして特別な日が始まった。
午前中、そわそわと落ち着かないかと思ったら意外にそうでもなかった。
普通に仕事に集中できる。人間窮地に立たされると(←大げさ?)意外にこなせるもんだな。
瑠華にも変わった様子はなく相変わらずその仕事ぶりはミスひとつない。
昼前に、瑠華は数冊のファイルを抱えて席を外した。
資料室にでも向かったのだろう。
瑠華が席を立ったのを視界に収めると、ふと緊張の糸が緩んだ。
最近……少しずつではあるが、瑠華を視界に収めてズキズキと胸が痛まなくなったのに、昨日の噂話でまたも逆戻りだ。
どうしても後ろめたい気持ちになる。
俺はスーツの胸ポケットら辺を押さえ、そこにタバコが入っていることを確認すると席を立った。