Fahrenheit -華氏- Ⅲ
村木がマイペースにかつ丼を頬張っていて、何か色々諦めた。
せっかくこいつが差し入れしてくれたわけだし、俺も有りがたく頂戴することに。
「てか良いんですか?こんなところ誰かに見られたら」
聞けば随分妖しい響きだが
てか意外にうまいな。
「だからですよ、我々が犬猿の仲だと言うことは周りも重々承知の筈。“こんな所”でかつ丼食べる仲だとは誰も思わない筈ですよ?そもそもこんな時間帯誰も居ない」
「灯台もと暗し、て感じスか?ここが一番安全だと?」
「二村が戻ってこなければね」
「戻って―――は来ない気がしますね。何だかあいつ急いでいそうだったんで」
「ああ」村木は頷き「それは私からちょっとした意地悪ですよ。何を企んでいるのか分かりませんがね、妙にそわそわと落ち着きがなかったから強引に仕事を頼みました」
「それってパワハラとかじゃないスか?」俺が目を上げると、村木は器用に片眉を吊り上げた。
「じゃぁ今もパワハラ中だと?部署の違うあなたに強引にかつ丼を食べさせ、無理強いしている、と?では辞めます」と言って村木は俺の手元にあるかつ丼を奪っていこうとする。
「わ゛ー!待って!待ってください!パワハラとか言ってすみません」
俺は慌てた。
村木はむすりとそっぽを向いている。
その不健康そうな横顔を見て、こいつは……こいつなりに気を使ってくれたってことだよな。
俺は無言で卵とじになったカツを口に入れた。
奥歯で噛むとじゅわりと肉汁と出汁が溢れ出す。
「はぁー、今頃重役たちはこれの十倍する値段の会席料理かぁ」
思わずため息を零すと
「すみませんね、安物の丼で」と村木が目を吊り上げる。
「安物とか、そうゆうんじゃなくって……
こっちの方が何倍も旨い気がするじゃないですかねって話です」
村木は目をまばたく。
別に会席料理のことをバカにしているわけじゃないが、見た目の美しさと食材の高級さ、相手が……そうだな、例えば瑠華だったら最高にうまいわけだし、その味をしっかり堪能できるが、互いに腹の探り合いと言う重役たちの会食だったらそのどちらも楽しめなさそうだし、味だけなら村木の買ってきてくれたかつ丼の方が100倍旨いって言うか…
まぁにわか同盟とは言え手を組んだわけだし、目的は一緒と言う意味で少なくとも考えは一致しているわけで、だからかこのかつ丼も不味くはない。(むしろ旨い部類に入る)
「ゲン担ぎできるといいっスね」