Fahrenheit -華氏- Ⅲ
かつ丼を食い終わっても村木は帰ろうとしなかった。
佐々木の席でふんぞり返りながら
「私はまだサイトウのこと認めたわけじゃないですからね」と言い出し
サイトウ?誰それ。
てか俺、仕事ちゅー。
にも関わらず、
「梨々花はもう結婚する気満々だ」とふんと鼻息を吐く。
あー…梨々花嬢の彼氏??
「あー……てか時間の問題じゃ?そうゆうの本人たちの気持ちが大事だし」
本来なら(かなり失礼だが)こんなくだらない雑談もしたくはないが、有り余った時間を潰すのにはちょうどいい。
「勿論それも大事だと思いますが…」と村木が言いかけた時
TRRR…
村木の胸ポケットで携帯が鳴った。携帯を取り出した村木は席を外そうとはせずその場で携帯をスライドさせると
「何だ?今日は帰りが遅くなるって言って……え?―――病院?
は―――?捻挫?」
村木が目を開きながら立ち上がった。
慌てて携帯を切ると
「すみません神流部長、家内が階段で転んで捻挫したみたいで…今救急病院に居るらしいんです」
「え!それは大変じゃないスか。こんな所で喋ってる場合じゃ…」
「すみません…お付き合いしたかったのですが、失礼しても?」
お付き合い……は気持ちだけで結構です。
「勿論ですよ、てか大丈夫ですか?何なら俺、病院まで送っていきますよ」と鞄を手に取ると
「え!?」と村木は目を丸めた。
え―――…?俺何かマズイこと言った?
それとも俺のこと疑ってる?病院に送って行きます、と言いながら向かう先は病院ではなく東京湾的な??
「いや、沈める気なんてないし」
「沈める…?」村木が怪訝そうに眉をひそめ
「いや!どうせ暇だし…って言い方アレですけど。かつ丼のお礼と言うか」
「じゃぁお願いします」とこっちがあれこれ言う前に村木はあっさりと折れた。
よっぽど奥さんのことが心配とみえる。
こないだハプニングでバーで飲んだときも思ったけれど
『女なんて』て前は言ってたけど、本当は奥さんや娘のことすっげー愛してるんだろう。
俺はそう言う村木、
嫌いじゃない。