Fahrenheit -華氏- Ⅲ
向かった先は都内の救急病院。救急入口の脇で車を停めたとき、
「お父さん!こっちこっち!」と前に見た梨々花嬢が手を振っていた。
「梨々花!母さんの具合は?」と村木は車を飛び出ると娘の方へ走っていった。
「大したことないって。だけどちょっと慌てちゃって」
梨々花嬢は、俺の車にちらりと目を向けると目をまばたき、
「ああ…前にも会ったろ?銀座の料理屋で…隣の部署の…」と村木がこちらを振り向き、俺は慌てて車から出た。
「ご無沙汰してます」
て挨拶間違ってる気がするが、他に何て言やぁいいんだ、って感じだし。
梨々花嬢はちらりと頭を下げ、口早に
「ね、お父さん。お会計しようとしたけど、お財布にあんまりお金入ってなくて、お願いできる?」と言う会話が聞こえてきた。
「ああ分かった」
「会計コーナーに居る。入って奥にいるから。私、ちょっと彼とコーヒーでも飲んでくる。いい?」と俺を目配せ。
え!?俺??
村木もそう思ったに違いない。
「帰りはタクシーでしょ。そこのファミレスに居るから会計が終わったら迎えにきて」と一方的に言って、梨々花嬢はつかつかとこっちに向かってきた。
村木はそれに何も反論せず…と言うか奥さんのことが心配だったのだろう、いそいそと会計へと向かっていった。
「さっむ!外は寒いわね」と梨々花嬢はくだけた感じで言い歩み寄ってきて、
「車すごっ!」と言って俺のZ4を見てしげしげ。
梨々花嬢が言った通り外は寒い。俺はベストを含めたスリーピースだが、彼女は薄手のベージュのニットにスキニージーンズと言う格好だ。
「乗ります?」俺は助手席のドアを開けた。中に彼女を促すつもりで。彼女はちょっと苦笑いを浮かべたものの
「慣れてるわね」と言い、しかしシートに座った。
彼女がしっかりシートに収まったのを確認して俺はドアを閉め、運転席に入った。
「あそこのファミレス?」俺は病院から数百メートル離れた明るい看板を指さし。
「ええ、24時間空いてるからこうゆうとき助かる」と彼女は屈託なく笑った。
ショートボブの髪がふわりと揺れ、そこから良い香りが香ってきた。
香水か何かだろうが、それが少し
瑠華の香りと
似ていた。