Fahrenheit -華氏- Ⅲ
コーヒー一杯が空になったとき
「梨々花」と村木が梨々花嬢を迎えにきた。
「お父さん、お母さんももう外?」
「ああ、会計は済ませたし家に帰る。お前も帰ろう」
「うん、分かった」梨々花嬢はバッグを手にして立ち上がり
「付き合ってくれてありがと」と俺の方を目配せ。
「神流部長、色々ありがとうございました。あなたはこの後…」
「ついでなんで俺はここで仕事していきます」俺は苦笑いでビジネスバッグを手に取った。中から小さ目PCと書類の束を取り出し
「神来社支社長と紫利さんから報告があったらまた週明けにでも報告します」と言うと
「すみません、途中で」と村木が律儀に謝ってきた。
気味悪いが
「いいえ、奥さんお大事に」と軽く手をあげると
「ではお言葉に甘えて」と顔を上げ「梨々花行くぞ」と言って梨々花嬢を外へと促す。
梨々花嬢は村木に背中を押されて「待ってよ」と文句を垂れながらも歩き出したが、ふと振り返って
「今日はありがとう」とにっこり笑った。
………
俺は思う。
梨々花嬢の顔が母親似で良かった、と。心底。
顔が村木に似てたら今すぐこの場で吐いていたこと間違いなし。
そんなことを考えていると、梨々花嬢は父親(村木)に向かって二三何かを言い、忘れ物でもしたのかまたも迷いの無い足取りでこちらに向かってきて
「さっきの……カウンセラーの話。
あなたの部下…?の柏木さんの方が向いてるわ」
とこそっと一言。
「え―――」思わず目を開くと
「こないだ彼女に借りたハンカチを返しに行ったの。父の気持ちを動かせてくれたのも彼女でしょう?
そう言うひとになりたかった。
誰かを動かす、強い女に―――」
梨々花嬢は眩しい何かを見るような目つきで目を細め
「でも―――……」梨々花嬢はふと視線を緩め
「気のせいかもしれないけれど、彼女もきっと迷子になってるんだろうなー…て気がした」