Fahrenheit -華氏- Ⅲ
『待った?』紫利さんは聞いてきた。
「待った。ケバイ女に逆ナンパされそーになってた」と言うと
『何それ』紫利さんの声が電話越しで揺らいだ。
紫利さんて電話なのに紫利さんだ。つまりイイ女。
「あなた以上にイイ女だったらついってっちゃうかも、だけど~」
『あら、そ。じゃぁ私との関係終わらせちゃう?』
「嘘うそ、紫利さん以上にイイ女いないからついていかないよ」と笑うと
『素直で宜しい。今お店終わったから…あ、私今日早上がりなの。神来社支社長たちは数分前に帰られたわ』
「そっか、じゃぁ迎えに行く」
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紫利さんを銀座のマダム・バタフライに迎えついたのはそれから40分後のことだった。
「着いたよ」今度は俺が電話をすると、まだ営業中のクラブの裏口から紫利さんがボーイだと思われる男に軽く手を振りながら出てきた。
紫利さんは濃紺がベースの和服姿だった。袖や背中に掛けてその紺色が上品にグラデーションがかっていて、白と金色の花がセンス良く浮かび上がっている。帯も上品な金色。
「あー…瑠華と出逢わなけりゃ、俺…絶対紫利さんと別れなかったのな~
ホント、イイ女」
とハンドルの上で腕を伸ばす。
「そ?褒め言葉ありがと。でも瑠華ちゃん以上にイイ女になれないでしょ」と紫利さんは俺の独り言を聞いていたのか、勝手に助手席に座ってきた。
俺は思わず苦笑い。
紫利さんの道案内で神来社支社長が宿泊しているホテルに到着したのは完全に日を跨いでいた。
流石にこの時間帯、バーもラウンジも開いていない。
神来社支社長が宿泊している部屋に訪ねることになったが。