Fahrenheit -華氏- Ⅲ
『タイタニックじゃないが、私は彼と共に溺れ死にする気はありません』常務の言葉に
『同じく』と鴨志田監査役が力強く頷いた。
またもどよめきが走る。
『無能なジュニアの為に、或は会長の愛人の下に就くか、
それとも我々で創り上げる新世界に就くか、考えを改める必要があると思いませんか』
瓜生常務―――
膝の上で握った拳に力を入れ過ぎて爪が手のひらに食いこんだ。
怒りで痛みは―――感じない。
『しかしまだ粉飾決算の証拠など上がってないのでしょう?ただの推測でそこまで』と気弱そうな専務が答える。
専務は――――神流派の血筋が最も濃い。
おっとりとした性格は重役の派閥争いに向いていないが、彼はあくまで最後まで神流派で居てくれることを祈る。
『証拠など……若い女にうつつを抜かして、その女に会社を乗っ取られるぐらいなら、この際、船を乗り換えたら』と神流派であった、福岡の森田支社長が言い出し、恐らくその他の神流派も頷いた気配がある。
最後まで渋っていたのは
『…しかし』と田神専務だけだ。
『専務は神流の血族として会長の次に最も血が濃い、だからそのように渋るお気持ちも分かりますが、会社の未来を考えて、ここは心を鬼にすべきです』常務が言ったが
『常務、あなたも神流の血族じゃないですか。こうもあっさり裏切れるんですか』とここになって専務が反論した。
そもそも役職の順で言うと常務より専務の方が上だ。
『血族だから、こそですよ。
この世代で神流を潰すわけにはいかない。潰されるのなら、いっそのこと緑川派と手を組んで存続させる方が得策じゃありませんか』
この言葉にに専務は沈黙した。
会話はそこで途切れた。