Fahrenheit -華氏- Ⅲ
しかし今考えた所でいいアイデアなんて浮かんでこない。
とりあえずは、情報を収集できただけで今日は良しとしよう。
俺はボイスレコーダーを鞄に仕舞いこみ
「ご協力ありがとうございました」と神来社支社長に頭を下げた。
「いいえ、こんなことで良ければいつでも協力致しますよ」と神来社支社長はゆるりと微笑む。
このひと、ホントに緑川副社長のおとーとなんだろうか……
見た目は勿論性格も全然違うし。
このひともまた婚外子だ。
けれど、だからと言ってその立場を恨んだりはせず現実を受け入れ、また極端な私利私欲に走ることはせず自分の家庭を何より大事にしている。
「私だってそこまで聖人君主じゃありませんよ。
私は―――そうですね、兄の思い通りにはいかない、と思い知らせてやりたいのかもしれませんね」
神来社支社長は目を細めた。
「これもまた、私のささやかな復讐ですよ」
――――
――
神来社支社長の部屋から辞去したとき、時間は夜中の1時を回っていた。
すっかり遅くなってしまったことをきっちり詫び、それでも始終神来社支社長はにこにこしていた。
「ああ、それと?私のささやかな復讐その②ですが、クラブの接待費、約200万は当然経費で落とせませんのでね、何せ非公式な会合ですので。瓜生常務に払っていただきましたよ」とニヤリと悪戯っぽく笑い、紫利さんはにっこり。
「ご利用ありがとうございました、またのご来店心よりお待ち申し上げています」
「あ…あはは…」と俺は苦笑いしか浮かべられない。
瓜生常務…高くついたな。いや、次の総会で親父を退任に追いやることができたのなら安くつくのか?
そうはさせないがな。
200万、ドブに捨ててもらうぜ?
―――――
――
1Fロビーに降りる為エレベーターに乗り込み、
「………」
俺と紫利さんは前を向いたまま思わず口を閉ざした。
「ねぇ、これって偶然?」俺は顎に手を置き、隣に立った紫利さんを振り返った。
「何が?」と紫利さんは目を上げる。
「俺たちが“密会”したホテル。1224号室(※)、覚えてる?」
(※)「Addict -中毒-」参照
紫利さんは目だけを上げ、すぐに首をゆっくり傾ける。
「ええ、覚えているわ?私は教授会パーティー、あなたはお仕事」
紫利さんは冷めた目で頷き、
「あなた本気でこの件に取り組む気があるの?」と睨まれた。
「紫利さん、俺を慰めてよ、俺ぼんくらって呼ばれたんだよ!」
「だからあんたはぼんくら呼ばわりなのよ。また同じ過ち犯すわけ?」
紫利さんは目を吊り上げる。
俺は思わず両手をあげる。
「流石に合意を得ないとしないよ」
「そうゆう問題じゃないでしょ、あんたねー…!瑠華ちゃんが待ってるの…」
言いかけた言葉に俺は言葉を被せた。
「待っててくれるのだろうか」