Fahrenheit -華氏- Ⅲ

頭上にふと影が落ちて目を上げると


「ふーん…そんな顔もするんだぁ、何かちょっと妬けるな」と葵さんが唇を尖らせてあたしを覗き込んでいて


「あのこに勝るひとはこの後二度といません」ときっぱり言って身を退くと


「それが別れた元カレ?」とまたも上目遣いで聞かれる。



元カレ―――…



そっか、葵さんは勘違いしているのだ。あたしが誰のことを今考えているのか。


「元カレ以上に大切な存在です」


あたしの言葉は意味深に聞こえただろう。


「え、何?何!?それってどうゆう…」と葵さんが先を行くあたしを追いかけてきて、それでもあたしは立ち止まらなかった。


ユーリとニューヨーク水族館に行ったとき、当然マックスもいた。


夏休みの想い出を、ユーリに作ってあげたかったのだ。まだ幼い彼女にその記憶が残るかどうかなんて分からなかったけれど。ただの自己満足かもしれないけれど。


その頃すでにすっかり冷え切っていた夫婦は仮面を被り、それでも”親子ごっこ”をした。




啓とは―――




水族館に来たことがない。


行きたかった。


できれば。


日本に来て最初に水族館に行く相手が、啓じゃなくて


寂しい。



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