Fahrenheit -華氏- Ⅲ

「”あの”二村さんでもそんな可愛いときがあったのですね」


今じゃ考えられない。


恥ずかしい??


どの口が言う。女性二人を手玉にとって、さらにはシステム課の木嶋主査も利用して、今では最低以外の何者でもない。


「今考えたらかなりウケるけど」葵さんは笑った。「その時のメンバーは俺と空汰、それからミミちゃんと、ミミちゃんの友達だったかな……とにかく四人で行ったのよ。


それがキッカケで空汰とミミちゃんは付き合うことになって」


………


なるほど。


「そのお付き合いはどれぐらい続いたのでしょうか」


「さぁ、俺も詳しくは分かんない。


けど…」


「けど?」あたしは目を上げると


「せっかく水族館来てるんだし、そうゆう話はやめにしようよ~」と葵さんは苦笑い。


「言っておきますけれど私はあなたにデートを求めているわけではありません。私も暇じゃありませんので」


若干の嘘を交えて真剣に言ったが葵さんは全然堪えていない。


「ほらっ、水族館て何かロマンチックでしょ?デートの定番じゃん?」と葵さんに言われて、あたしは思わず顔を上げた。


だめだ、この人に何か言っても無駄だ、と早々に諦めた。


「今の場所はロマンチックとは程遠いですが?」


「あはは、でもこのコーナーを出たら、”サンゴ礁の海”に出るからまたロマンチックになるよ」


葵さんの言った通り、『古代の海』を出た所は『サンゴ礁の海』と言う名のコーナーで赤やピンク、白と言った色とりどりのサンゴ礁がきれいだった。


そこで泳ぐ熱帯魚はもっときれい。


熱帯魚ぐらいなら……あたしでも飼えるかしら。


思わず水槽に手をやり、ひらひらと泳ぐ熱帯魚を見つめていると


「このコーナー気に入った?」と葵さんがあたしのすぐ横で腕を置き、あたしを覗き込んでくる。


「……ええ」


あたしはまたも葵さんと距離を取る。


このひとは、人のパーソナルスペースが読めないのだろうか。


「ここでさ~、俺とミミちゃんの友達、空汰に気遣って二人きりにしてやったんだよ、はぐれたフリして出入り口で待ってた」


ニシシと葵さんは白い歯を見せてイタズラっこのように笑う。


「結果うまくいって良かったけどさ~、ダメだったらキマヅイだろうな~ってことあんま考えなかったな~、ミミちゃんも空汰のこと好きっぽそうだったし」


「そう……なんですか、ではあなたはキューピッドになったわけですね」


「そんな大それたもんじゃないけど、うまくいって良かったな~って思ったけど、結果こうなったし」


葵さんは小さくため息。




「あなたは―――ミミちゃんのこと、好きだったのですか?」




あたしの質問に葵さんは目を開いた。


< 350 / 608 >

この作品をシェア

pagetop