Fahrenheit -華氏- Ⅲ
結局、葵さんの言葉に、あたしは深く問いかけることをしなかった。
どうせくだらないことだろう。
聞いたところで大して身にならない。
その後は『日本の川』のコーナーで、山間の渓流に跳ねる銀鱗、小川の橋から見え隠れする魚影、田んぼの用水路で見かけた水生昆虫を見ながら
「ぅわ~懐かしいな~、小学生の頃、キャンプで空汰と捕った」と目を輝かせていた。
「あいつんち、親父がいないから、俺の親父が俺らを連れてってくれてさ~、親父は俺よりも空汰の方を可愛がってた」葵さんはちょっとむくれたように唇を尖らせる。
あたしはちょっとおかしくなって笑った。
「それで非行に?随分短絡的(単細胞とも言う)ですね」
「いや~、それが原因じゃないけどね」と葵さんは明るく笑う。「俺は空汰と違って頭も良くないし、勉強は大っ嫌いだったし、つるんでた連中に何となく流されて~」
「友人は選んだ方が宜しいですよ」
「そう、それ!」と葵さんはあたしを指さす。あたしは顏をしかめた。
「俺の親父は空汰のこと可愛がってたけどおふくろは空汰のことあんまよく思ってなくてさ~『父親が誰か分からない子と仲良くするなんて』って、イマドキ古いっつうのその考え」
「だから家を出たのですか?」と聞くと
「そこはハッキリそうだって言える。まぁ年少入った時なんかおふくろなんて汚いネズミを見るような目つきでサ。なんつぅか息苦しいんだよね」と葵さんは小さくため息。
「では私といても息苦しいのでは?」
「ん~、最初は……お堅そうなお嬢様だろうな~、まぁでも美人だし、って複雑だったけど、今は違う」
「違う?」
「……うん…」
葵さんが頷いたとき『クラゲのコーナー』に入り、あたしは見るも鮮やかな半透明のクラゲの群れを見て感動をし、葵さんの話の続きを聞くことなくその水槽に魅入った。