Fahrenheit -華氏- Ⅲ
イルカショーにたどり着くまで、疲れてしまった。
ショーが開始されるまで15分と言う所、扇形に並んだたくさんの椅子の一つに腰掛けて小さくため息。場所は後ろの方で、しかし真正面からショーが見られる場所でポジション的には良い方かも。
疲れ切っていたあたしに
「ちょっと待ってて」と葵さんは言い席を外した。
あたしはもう何かを聞く気も言う気もなく頷くだけに留めて、膝の上で頬杖をついてぼんやりとショーが開催される水面を眺めていた。
スタッフさんたちがショーの準備に勤しんでいて、丸いフラフープや大きなボール、餌の入っているであろうバケツをせっせと用意していた。
大変そうな仕事だけれど、彼らはどこか楽しそうだった。
いいな……
あたしは最近、あんな風にやりがいを持って仕事に取り組んでいるだろうか。
純粋に「好き」と思えているのか。
それすらも、もう―――
分からない。
思わず俯いていると、ふっと頭上に影が過った。
顔を上げると葵さんがにこにこ笑顔を浮かべてソフトクリームを二つ手に持っていて、あたしの横に腰を下ろした。
「はい」と手渡されたのは淡いピンク色をしたソフトクリーム。
「バニラとチョコと抹茶とストロベリーがあって悩んだんだけどさ~、女の子はやっぱイチゴが好きじゃん?」と当然のように言う。
「いえ、私は抹茶が一番好きですが」と言うと
「マジ?」と葵さんが目をまばたく。
「いえ……いいえ抹茶が好きなのは確かですが、ありがとうございます」素直にソフトクリームを受け取る。
秋とは言え11月の…天井が解放された空の下のソフトクリームは冷たかった。
そのバニラソフトクリームをすぐ隣で美味しそうに食べる葵さんが
「何ぼんやり見てたの?」と聞いてきた。
「別に何も…イルカショーの準備をしているスタッフさんたちを。一生懸命だけど楽しそうだな…と思いまして」
「ふーん…、羨ましいの?」と聞かれて思わず顔を上げると、バニラソフトを舐めている葵さんの…想像していなかった真剣な視線にぶつかった。
「……羨ましい…?」
そう見えているのだ、あたしは。
でも葵さんの前で飾る必要はない。
「ええ羨ましいです、最近私は仕事を楽しめていないので」
「ええ~」と葵さんは大げさなジェスチャーで手をあげる。
「仕事が楽しいときなんてあるの?」と聞かれて
「楽しいと言うか、今の私にはそれしかないので、生きがいと言うものでしょうか」
「へ~、そゆうもん?俺は仕事なんて大っ嫌いだけどね」うへぇと葵さんは舌を出して顔をしかめる。
「羨ましいかと聞いてきたのはあなたですが?何なんですか、その返しは」
冷めた目で聞くと
「ごめんごめん、俺は瑠華ちゃんの方が羨ましいと思うけど~
”好き”な仕事に就けて。
でもさ、それって”恋”に似てるな~って」
「恋?」
あたしが思わず葵さんに問いかけると
「恋、してる?」