Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「どうぞ」と出迎えてくれたのは梨々花嬢じゃなく―――村木だった。
せっかくの貴重な日曜日に何故村木の顔を見なきゃいけないんだ。
若干げんなりしたが、
「いらっしゃいませ」と村木の背後で村木の奥さんが
「あなた、お客様にスリッパもお出ししないで」と彼女がしゃがみ込み、スリッパラックからスリッパを取り出す。
「お前は休んでろ、と言っただろう」と村木は目を細めてスリッパを取りあげると、俺の足元に置いた。
村木……村木は家に居ても村木だな。
傲慢で、陰気臭い。
それでも奥さんは慣れているのか
「はいはい」と苦笑いを浮かべていて、その背後から
「そうだよ、お母さん。まだ足がしっかり治ってないんだから」と梨々花嬢が現れ、何故だかほっとした。
「足の具合はいかがですか?あの、これ少しですがお見舞いに」と俺は買ってきたゼリーのセットを手渡すと
「あらあら!お気遣いいただいて!その節はご迷惑をお掛け致しまして」と奥さんはぺこりと頭を下げた。
「あ、これ、有名店のゼリーじゃん」と梨々花嬢が紙袋の中身を覗き「初めて見た」と顔を輝かせる。
「神流部長、お気遣いありがとうございます。ほら、お前らそれを持って下がってろ」
と言うと
「分かったわよ」と梨々花嬢が『い゛~!』と威嚇するように歯を剥き出し
「まぁま、神流部長さんに失礼だわ、とりあえずどうぞ」と促され、またもほっとした。