Fahrenheit -華氏- Ⅲ

『ええ、空いてるわよ。主人は相変わらず研究室詰めだし』紫利さんが苦笑するのが分かった。紫利さんの苦笑の意味はご主人に対する不満なのかどうかあたしにはわかりかねた。


けれど、殆ど何も考えずあたしは


「では、ドライブ行きませんか?」


と、思い切って誘ってみた。


葵さんが言う休憩と言うのが、何もかも忘れさせてくれる人と一緒に居ること―――それが今のあたしにとって紫利さんだと思ったから。


『ドライブ?いいわね。じゃぁ迎えに行くわ』紫利さんは提案してくれたけれど


「いいえ、あたしが迎えに行きます」と申し出ると


『瑠華ちゃんの車で?』


「ええ、運転はあまり上手い方じゃありませんが」


『大丈夫よ、生命保険も医療保険もしっかり掛けてあるから』と紫利さんはジョークを交えて笑う。


「ふふ」


あたしも紫利さんの冗談にちょっと笑った。


スノードームを宙に掲げながら、ドームの中、その雪が二匹のイルカに降り注ぐ。


きれい―――だった。




「休憩―――したいんです」



あたしが言うと、『私でよければいつでも宿り木になるわよ。何て言ったって、心音ちゃんからお願いされたしね』


心音から―――……ああ、ポーカーをしたときの話…


紫利さんは覚えていてくれて、しかもそれを律儀に守ってくれる。


あたしたちは―――いいお友達になれる?


「紫利さん、


ありがとうございます」



―――――


――



次の日、あたしはクローゼットに並ぶ服たちを見ながら「これは違う」、「これも」と言った具合で服を決めるのにだいぶ手間取った。


あの艶やかな紫利さんの隣にいて恥ずかしくない服装を。(昨日は相手が葵さんだったからあまり気飾らなかったけれど)


結局、上品なルージュ色とブラックのチェックのブラウス。首元はボウタイになっていて、それと揃いのジャケットはゴールドのボタンが品よく飾ってある、ボトムは黒いタイトなスカートに決めた。


ネイビーのサンローランのバッグと靴は黒のパンプス。


「うん、おかしくない?」と姿見の前で何度もチェックして。


啓とデートするときよりも洒落こんでる自分に思わず苦笑した。


< 381 / 608 >

この作品をシェア

pagetop