Fahrenheit -華氏- Ⅲ
目的のない旅。適当に走らせるつもりが―――
「あら、海が近づいてきたわね」とほんの僅か開けた窓から潮の香りを含んだ風が、ふわりと入ってきたきて紫利さんが言った。
首都高速を乗り継いで1時間弱。
「一色?神奈川まで来たのね」紫利さんが青い標識を眺めあげながら、
無意識のうちに―――あたしは”想い出の海”に来ていたようだ。
寄りに寄って何故ここなのだろう。
「海でも眺めていく?」と紫利さんは風でなびく髪を押さえながら微笑んでいて
「……ええ、せっかく来たのだし…」
と小さく頷いた。
まだ記憶に浅い、日付にすると一か月も満たない、『あの日』―――
啓と、来た海。
以前見つけたイタリアンのお店、ランチの時間帯で入れなかったけれど、今回はランチタイムに入ったばかりなのか、人はまばらだった。
窓際の、海の見える席に通されあたしたちはシーフードピザと、魚介たっぷりのトマトソースパスタ、それからサラダを頼みシェアすることにした。
店内はこざっぱりと明るかった。白い樹で出来た壁や窓に掛かった上品なレースのカーテンは染み一つない。目の前には白い海岸が広がっている。テーブルには大きな貝殻を花器に模したのだろう、パンジーやビオラと言った秋の花々がオシャレに飾ってあった。
店内は緩やかなジャズのBGMが流れていて、オリーブやガーリックの香りが満ちている。それだけでお腹が満たされる気がした。
トマトとモッツァレラチーズのカプレーゼサラダが運ばれてきて、それを丁寧に取り分けながら紫利さんが
「瑠華ちゃん、最近ちゃんと食べてる?痩せたんじゃない?」と目を伏せながら苦笑。
「正直……食べたり食べなかったり……が続いていて」
「だと思ったわ。毎日きちんと三食取ること。じゃないと体に力が入らなくなるわよ」
紫利さんが人差し指を立て、あたしは素直に頷いた。
「ダメね、歳をとったせいかしら、ついついお節介したくなっちゃう」
「嬉しいですよ」言葉の通り、あたしのことを気に掛けてくれる紫利さんのことが好きだ。