Fahrenheit -華氏- Ⅲ

突如として、紫利さんに頭を抱き寄せられ驚きに目を開くと


「傷つけたくない、って言ってたのは本当のことよ?銀座の女は嘘はつかないわ、口も堅いけれど、時と場合にも寄る。


ね。だから啓人のこと―――もう少し待っててあげて?」


あたしは―――紫利さんのこと疑ったことない。


啓から黙っていて欲しいと言われて、きっと紫利さんは最初沈黙するつもりだったのだろう。けれどそれを素直に打ち明けてくれた。


紫利さんに抱き寄せられて、彼女の華奢な肩は思いのほか温かった。


――――


――


その後、あたしたちは場所を移動して啓と一度だけ訪れた「Sunny Funny Days(サニー ファニー デイズ)」と言うプライベートデッキに移動した。


前回行ったとき、たまたま予約が入ってなかったから運良く屋上テラスデッキを案内してもらえた。今回も同じ。


ホントに予約制なのかしら?毎回開いてる気がする。そのうち潰れるんじゃないかしら、と言うのは黙っておこう。


あたしはそこでアイスティー、紫利さんはホットコーヒーを頼んだ。


丸いテーブルを挟んで、デッキチェアの二脚にあたしと紫利さんは腰掛け、あたしは脚を組むとすぐ近くに見える白い砂浜を眺めた。


「ここ、想い出の場所なんですよ。まぁ想い出にするには早いですけど。


つい一か月程前だから」


アイスティーのグラスを手にストローから唇を離し、ぽつりと呟くと


「啓人と?」と紫利さんは風でなびく黒い髪を手で押さえながら聞いてきた。


あたしは小さく頷き、そこで初めて紫利さんはふっと柔らかく笑った。


「瑠華ちゃんの言った通り、想い出にするのにはまだ早いわ」

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