Fahrenheit -華氏- Ⅲ
紫利さんの言葉にあたしは目をまばたいた。
想い出にするには―――まだ早い。
紫利さんは口元に淡い笑みを浮かべコーヒーカップに口をつけている。
「あなたたちにはまだまだ未来があるってことよ」
それは―――さっき『啓人のこと信じてあげて』と言う言葉と関係しているのだろうか。
信じることは、難しい。
けれどあたしが今できるのは、ただひたすら信じることしかできないのだ。
帰りの車の中で
「次、その葵……クンと会うのはいつなの?」紫利さんに質問され
「まだ決めてません。向こうに情報があるのなら会いますし、こちらから仕掛けて欲しいことができたら連絡することになってます。
でも神出鬼没なので……
意味も無く水族館に呼び出されたり…」
はぁ…小さくため息を吐くと
「まぁ、それって…」と紫利さんは言いかけて「ふふっ」と意味深に笑った。
「何ですか」
車の運転に集中していたあたしが短く聞くと
「まぁそのうち分かることでしょ」と紫利さんは軽やかに笑う。紫利さんの言葉の意味が分からず首を捻ったが、今は運転中だ。
紫利さんの言葉はすぐに忘れ去られた。
紫利さんを彼女の家に送り届けたのは、夕刻6:00を少し過ぎていた。
最近では陽が暮れるのがすっかり早くなって、もう夜の闇がうっすらと押し寄せている。
「すみません、長々と引っ張ってしまい」
「いいえ、ちっとも。凄く楽しかったわ。また誘って?」紫利さんは笑顔で手を振り、あたしは頭を下げると、車を発車させた。