Fahrenheit -華氏- Ⅲ
紫利さんの家付近は一方通行が多いうえ、道が狭い。
一通ではなくてもかろうじて車がすれ違える程。
一通じゃない道に入ろうとしていた所、反対側から車のライトが見えた。
まだこの車が不慣れなのもある。先に通して待っていようかとブレーキペダルに足を置いたときだった。
向こうの車が軽くパッシング。
『お先にどうぞ』との合図に、あたしはその厚意をありがたく思いアクセルを踏んだ。
待っていてくれた車に軽く手を上げる―――その時だった。
すれ違う瞬間、ちらりと待っていてくれた車は青いスポーツカーで、手を上げるついでに運転手をさりげなく見て、あたしは目を開いた。
青色のスポーツカーの運転手―――
啓
も、驚いたように目を瞠っていた。
どうして―――……!
思わずブレーキを掛けそうになった。けれどあたしは一瞬だけ啓に視線を寄越し、それ以降は前を向いた。
見間違いかもしれない。
ルームミラーで確認した。BMWのZ4。
やはりあれは啓だったのだ。
何て偶然。
運命の悪戯。
サイアクなタイミング。
どうして東京はこんなに広いのに、こんな場所で会ってしまうのだろう。
いや、よくよく考えると、偶然でも悪戯でもなく、啓のマンションと紫利さんの家はそれ程離れていない。
胸がズキズキと痛む。
その場所に傷を負って、血が溢れて、止まらないような―――
痛くて、痛くて
泣きたい。