Fahrenheit -華氏- Ⅲ
時刻は16:15を少し過ぎていた。
昼頃は雨だけだったが、それに風が加わった。窓をガタガタと震わせている。空はより一層灰色を濃くしていて、黒に近い。
この時点で、このフロアの多くの女性社員が帰って行った。残りの営業マンたちも帰り支度をはじめている。
ちらりと隣の部署を見やった。緑川も先に帰ったようで、ちょうど内藤チーフが帰るところだった。二村も一緒で帰り支度をしている。
なるべく瑠華と二村を接近させたくない。
「佐々木、悪いが東京メトロの広尾駅まで柏木さんを送ってやってくれ」と隣の部署を睨みながら言うと
「はい!」と佐々木は勢いよく挙手。
「いくら私が女だからと言って、そこまで過保護でなくても結構ですけれど。むしろ佐々木さんの方が徒歩で駅まで時間が掛かりますし」と瑠華はほんの少し不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「この国では……てか向こうだってそうだろ?女性や子供の身の安全が最優先。女性蔑視してるわけじゃない」俺がそっけなく(聞こえようには怒ってるようにも)言うと
瑠華は渋々、と言った感じで頷いた。
二人は残した仕事が気になっている様子ではあったが、それぞれ帰って行った。
瑠華は一つのファイルをバッグに詰め込み、家でも仕事をするつもりだろう。『持ち出し厳禁』のシールが貼られていないファイルだから特に問題視することもない。
仕事熱心なのはありがたいが、二人の身に何かあったら一大事だ。特に瑠華は。
それから一時間は二人抜きで一人で仕事をしていたが
「まだ仕事なさってるんですか」とパーテーションからひょっこり顔を出した村木に、俺が目をまばたくと
時間は17:30少し手前だった。18:00が定時ではあるが、例え槍が降ってこようと定時まで仕事をやりこなすイメージだった村木も、流石に大型台風には打ち勝てなかったようだ。(ついでに槍も)
「もう帰りますよ」
確かに瑠華と佐々木を帰したときよりも、台風の勢力が増している。おまけに遠くの方で雷までもゴロゴロと鳴っていた。雨と風が窓を打ち付ける音だけで、俺たちの会話まで遮られそうだ。