Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「私は一足早く帰りますよ。お疲れ様です」


「どーぞ、どーぞ」


てか俺は村木とてこんな(くだらない)会話をする時が来るなんて思ってもなかった。


村木は帰っていった。隣のブースを見ると、ここもまたまるで嵐がかっさらっていったかのように、デスクの群れはもぬけの殻だった。


「俺もそろそろ帰っか……」


いくら車だろうと、何が起こるか分かんねぇしな。(例えば大きな障害物が飛んでくるとか?)


遠くでゴロゴロ言っていた雷は、一瞬の強い光を放ちブラインドの隙間からその眩しさが見て取れたぐらいだ。すぐに大きなドーンっ!と言う音を聞いた。


「ヤベ」


これは本格的なヤツだな。


部下が帰るまでが俺の責任だ、とは言ったが俺自身何かあったら二人に顔向けできん。


PCの電源を落とし、いつも持ち歩いている小さめノートPCと少しの書類をビジネスバッグに詰め込み帰ろうとすると、どうやら俺が最後の社員だったようで、他のブースに人は見当たらなかった。


俺は全ての照明を落とし、エレベーターホールに向かった。


運良くエレベーターはすぐに来たが……


何でこのタイミングで…


運悪く、


瑞野さんが乗っていた。


瑞野さんも帰るところだったらしく、淡いベージュのジャケットと白いバッグを胸に抱え込み、扉が開いたと同時目をまばたいた。


「神流部長……今からお帰りですか?」声が若干震えている。


両手でバッグを抱きしめて、顔色も良くない。


台風に怯えてる??


「うん…瑞野さんも?他の社員はとっくに帰ったよ?親父(この場合会長)も何やってんだか。女子社員をこんな時間まで引っ張って」


小さくため息を吐くと


「いえ!会長と木下リーダ―は昨日から香港に出張でして、あたしは手際が悪いのか事務作業などがなかなか終わらなくて…」


香港に?そりゃ知らなかった。てか親父&綾子のスケジュールを知る程仲が良いワケでもない。


しかし、なるほど、指示する上司も居ない状況だから判断がつかなかったのか…と納得。


「もっと早く帰って良かったのに、こんな状況の中残ってるの、俺と瑞野さんぐらいだよ?」


ちょっと苦笑しながらエレベーターに乗り込むと、


「はい…状況判断もできないようでは、まだまだ木下リーダ―には追いつけないですね」と瑞野さんはどこかほっとしたように苦笑い。


「いや、アイツの真似はしなくていいから」


至極真剣に本心を言うと、瑞野さんは小鳥の様に笑った。



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