Fahrenheit -華氏- Ⅲ

何か―――…


綾子さんは知らないのだろうか。


あたしたちがあの直後別れたことを―――


「何も……何もありませんよ」


あたしは必要以上にそっけなく答えてしまわないよう極力明るく言い


「では、私は仕事がありますので」


と口早に言ってちょうど来ていたエレベーターに乗り込んだ。




何か―――あった…?




綾子さんの言葉が脳裏を満たす。


綾子さんはあたしの手の包帯に絶対気付いただろうが、それを敢えて深く突っ込んではこなかった。


『何か』あったも同然だ。



―――――

――



何だかすぐにブースに戻る気にもなれず……


だって戻ったら(当たり前だけど)啓が居るし、どうゆう顔をして戻ればいいのか


―――分からない。


あたしってこんな不器用だったっけ。


とりあえず目に着いたお手洗いに入った。


両側に3個の個室があり。向かって右側の一番奥の扉は使用中になっていた。


あたしはその向かい側に入り、その場に洋式のトイレの蓋の脇にしゃがみ込みながらどうしようかと考えた。


お手洗いは外注の清掃スタッフがキレイにしてくれているのか、いつも清潔感が溢れている。


品の良い芳香剤、ピカピカに磨かれた便器。


………


でもあまり長居する場所でもないことにすぐに気付く。


出よう、と思ってドアノブに手を掛けたところ


「ねー、神流部長と柏木補佐が付き合ってるって噂、ホントかなー?」


と女子社員の声が聞こえて、あたしは思わずドアノブに置いた手を引込めた。


その噂なら嘘よ。




別れたわよ、



昨日



よっぽど出て行ってそう言ってやりたかったけれど、その衝動を何とか飲み込む。


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