Fahrenheit -華氏- Ⅲ
俺は泣きながらしがみついてくる瑞野さんの両肩に手を置き、
「俺はここにいるし、大丈夫だから。だから非常パネルを…」と何とか立ち上がろうとしたが、
「ヤダっ!」
瑞野さんはまるで子供のようにいやいやと首を振り、一層強く俺の襟を掴んできた。
この状況がよっぽど怖いのだろう。
これじゃ非常ボタンも押せねぇ。
くっそ…どうすれば…と頭を掻き、結局俺は瑞野さんの膝の裏に腕を入れると、彼女をお姫様抱っこした。
突然のことで、違った意味で瑞野さんがびっくりした様子が暗がりの中で分かった。
俺は瑞野さんを抱えたまま、非常ボタンを押した。警備員に繋がる筈だ。
『どうされました?』
警備員の声が聞こえてきて
「エレベーターが止まっちゃって、閉じ込められてるんです。中に二名」
状況を説明すると
『え!エレベーターにまだ人が?』
『社員は全員帰ったかと思ってたが』とスピーカーの向こう側がちょっとざわついていた。
『落ち着いてください。恐らく停電のせいかと』
との警備員の言葉に、落ち着いてるし停電のせいだと言うことも分かっている。
『自家発電に切り替える整備士を呼びますので10分少々時間が掛かります。それまでお待ちいただいて宜しいですか』
お待ち……するしかねぇだろ。
色々突っ込みたかったが、
「分かりました。なるべく早めにお願いします」と受け答えた。
俺まで取り乱すわけにはいかない。とか考えずに意外と冷静な自分に驚いた。
俺一人ならまだしも女の子が一緒だからな。女を守らなければ、と言う本能なのかもしれないが。
俺は腕の中で震える瑞野さんを床に下ろし、俺もすぐ隣に腰を下ろした。
だんだん暗闇に目が慣れてきた。
瑞野さんは俺の隣で俺の袖に縋りつき、まだガタガタと震えている。
俺は瑞野さんの肩をぽんぽんと叩き
「大丈夫、大丈夫だから…」と宥めた。