Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ゼロポイント。
♥Ruka♥
遡ること数時間前。
佐々木さんは律儀に広尾駅まで送ってくれた。と言っても隣あって「凄い風ですね」とか「雷も遠くで鳴ってますね」と言いながらただ歩いただけ。でもちょっと心強くはある。
佐々木さんとは広尾駅で別れた。
東京メトロの日比谷線はいつも以上に増して混雑していた。とは言ってもあたしは朝早く、夜遅くの通勤だから普段がどれぐらいなのか分からないけれど。きっと台風の影響で皆早く帰還しようとしているのだろう。
これが俗に言う”缶詰状態”てやつなのかな。
ぎゅうぎゅうに人が詰まった電車は、息苦しくてたった一駅でも疲れた。
六本木駅で降りる人はあまり多くなく、降りるのも一苦労。まるで吐きだされるように降りたったあたしはまるで酸欠状態の魚のように、駅を降りると胸を押さえて深呼吸。
「Battlefield.(まるで戦場ね)」と思わず独り言が漏れた。
NYのタイムズスクエア駅は、9本も路線が通ってるから時々迷うこともあるけれど、人はここまで多くなかった。
六本木駅からマンションまで徒歩5分。なのに結構な雨で傘をさしていても薄手のコートに雨が染みこんでいた。
寒さに身震いしながらマンションに帰りつくと、相変わらずカウンターの中にはウチヤマさんとイシカワさんが立って出迎えてくれた。
「おかりなさいませ、柏木さま」
「ただいま戻りました。凄い雨ですよ。ウチヤマさんたちも早くお帰りになっては?」
「いいえ、私たちはお客様をお守りするのがお仕事ですから」とウチヤマさんはにっこり。
守る―――…?何から?と一瞬思ったけれど、すぐにその疑問は打ち消された。
『仕事』かぁ……
あたしも仕事、しなきゃ。
バッグの中のファイルは一応背表紙を向けていたけれど、心配になってファイルを開きながらあたしはエレベーターに乗り込んだ。