Fahrenheit -華氏- Ⅲ
NYの街も、東京と同じく昼夜問わず賑やかで明るい街だった。嫌いではなかったけれど、たまに真夜中の喧騒や明かる過ぎるネオンが煩わしく思ったこともある。
たまに、光も音も全て無くなってしまえばいいのに、と思ったこともある。
自家発電に切り替わる前、またも電話が掛かってきた。
一瞬、……そうね、ほんの一瞬
啓―――…?
と期待したけれど
着信:葵さん
となっていて、がくりと肩を落とした。
あたしは―――何を期待していたのだろう。
「はい、柏木です」
それでも電話に出た。
もしかして二村さんに何か動きがあったのかもしれない。
『もしもし!瑠華ちゃん!』と葵さんはこっちが思わずスマホを耳から遠ざけたくなるぐらい勢い込んできて、あたしは思わず引き腰。
「はい、柏木ですが」ともう一度名乗ると
『大丈夫!?』と聞かれ
「何がですか」と逆に聞くと
『何がって停電だよ!』
「ああ…」
『”ああ…”ってそれだけ!怖くないの!?一人なのに。あ…それとも誰かと一緒?』探るように聞かれ
「一人ですが、怖くはありません。特別不便もしていませんので」
『そっか~……良かったぁ』と葵さんは心底ほっとしたように息を吐いた。
もしかして……
「私の心配をしてくれたのですか?」
『当たり前だよ』とあっさりと言われ
「ありがとうございます」そこまで素直に言われると、こっちも素直に礼を言える。
不思議だ。
友達でもない、同僚でもない、ましてや恋人でもないひとからこんな風に心配されるとは…
上司で、元恋人ですら心配のメールがないぐらいなのに。
それとも、啓に何かあった―――……?
あたしのスマホを持つ手にきゅっと力が籠った。
「ありがとうございます」あたしは繰り返した。
『へ――――?』葵さんの間の抜けた声が聞こえた。
「心配…してくださったのでしょう?ありがとうございます」
『…うん、そりゃ…やっぱ…心配だよ…』葵さんの声は尻すぼみ。
『あ!心配ついでに、もう一個言いたい事があって』
「言いたい事?」
『て言うか報告。空汰のカノジョが妊娠したかも、って。カノジョってさ、副社長の娘だろ?』
妊娠―――ねぇ。
あたしの口角がふっと持ち上がった。