Fahrenheit -華氏- Ⅲ
『あとはケイトに知られなければいいんだけれど、ユージが知ったら、絶対ケイトに情報がいくわよね』
心音は唇を尖らせ口元に手を当てる。昨夜から仕事だったのか、それとも外出から帰ってきたばかりなのか、きっちりとメイクが施されていた。黒色の透け感のある、恐らくシルク素材であろうボウタイブラウスを着ていた。
「そうなったときは、そうなったとき」
でも―――
「できれば啓を巻き込みたくない」
『Hmmm.(ふーん)別れてもそう思うの?』
「可笑しい?」あたしは席を立ち上がった。
テーブルの、さらに奥にあるキッチンカウンターからスコッチの瓶を手に、キャビネットからバカラのグラスを取り出すと注いだ。
『可笑しくなんかないわ。だってあたしもそうだもの』心音は小さく苦笑。心音は長い髪をまとめていたヘアクリップを取り外し軽く頭を振った。黒い髪が肩やデコルテや胸に散らばるのは女のあたしから見てもセクシーだ。
そしてあたしと同じ様に、背を向け背後にあるチェストからブランデーの瓶を取り出した。それをグラスに注ぎ入れる。
『あたしは朝も夜もないの。だから朝飲んでも平気』心音は悪戯っ子のようにウィンク。
あたしたちはモニターを通して軽くグラスを掲げ
「『Cheers!(乾杯)』」
あたしたちの未来に。
スコッチを一口飲み、ガツンと渋い苦みを喉に感じて、この焼け付くような感触が最高。
あたしは怒っているとき、機嫌が悪いときはスコッチをストレートで飲む。けれど今は怒ってないし機嫌が悪いわけでもない。
「心音、ここまで付き合ってくれてありがと」
『何言ってるの。最後まで付き合うわよ。こういうの”乗りかかった船”て言うの?』
「まぁそうね」
あたしは苦笑い。
「でも、やっぱりあたしの都合でここまで付き合ってくれるのは心音しかいないわ」
『そんなことないんじゃない?ユカリだって、何だかんだあんたを支えてくれるじゃない。それにユージの恋人?も何かとあんたのこと気に掛けてくれるし。
あんたはそこに来て、いい人に巡り会えた、あたしはそれがちょっと羨ましい』
羨ましい―――……?