Fahrenheit -華氏- Ⅲ
確かに会長とあたしは知らない関係ではない。一緒に車に乗り込んだのも事実だ。
だけど、父親同士が仲が良いからおじ様には何かと気に掛けてもらってるだけ。
あのおじ様に限って下心の“し”の字もない。
だって彼は別れた奥様のことを―――まだ想っていらっしゃるから―――
でも、日本に来て数えるぐらいしか二人っきりで食事をしたことがないし。話の内容はほとんどが仕事絡みで、啓の下で働くのは大変じゃないか、と気に掛けてくれている。
「やっぱ愛人だって!」
ともう一人が納得したように相槌を打ち、あたしのことはとやかくおじ様のことを悪く言うのは許せなくて、とうとう扉を開けようとしたけれど
「付き合ってると言えばさー、二村くんと緑川さんもそうらしいよ?知ってる?」
あたしは再びドアノブから手を離した。
「えーっっ!!嘘っ!」奇声のような声が聞こえ、思わず顔をしかめる。
「二村くんが!?あのあざとい女と!」
あざとい……
「騙されてるんだよ二村くん!」
いえ、騙しているのは二村さんの方で…
ここまで聞いたら益々出て行けない。
「あの女のSNS見た?彼氏の自慢ばっかり。ちらっと相手の手首とか見せてて、その腕時計が二村くんがつけてたのと同じだったの」
「ホント、あざとい女。匂わせ女子サイテー」
匂わせ女子?
「いかにもリア充してます!感がウザイ」
リア充?
どれもあたしの知らない単語で、あたしはポケットの中から社内様の携帯を取り出しネット検索した。
『彼氏かな?と思えるような異性の体の一部をチラ見せしたり…』
『現実が充実してる』
ふーん、なるほど。
と言うか、嫌いならチェックしなければいいのに、と思ってしまう。少なくとも私だったらマックスの動向を気にしたりしない。仕事上、ライバルになったときは流石に意識するけれど。
「二村くんてさ、秘書課の瑞野さんとも噂があったよね」
と言う言葉が聞こえてきて、あたしは再び目をまばたいた。
「あー、あったあった。瑞野さんもさーあざと女っぽくない?一人じゃ何もできない、助けてください感があって、でもでもそう言う女に騙される男もバカだよね」
「二村くんはバカってこと?二村くん誰に対しても優しいじゃん。だから勘違いしただけだよ」
一人が否定して
「何~、ヨシミって二村くん狙い?」
一人が冷やかすように言う。
「当たり前じゃん。だって将来有望、ルックスも最高、優しいし」
「だけどさー、実際狙ってる子多いよね。二村くんと神流部長」
「神流部長は……手が届きそうじゃないし、見てるだけで幸せって言うか。二村くんは頑張れば手が届きそうじゃん?同じ年代だし」
見てるだけで幸せ―――……か…
ふぅと吐息をつくと同時、ため息をついた勢いで軽く肩を扉に打ち、音を立てた。
三人の女性が一瞬息を呑んだのが分かった。
あたしは大人しく個室から出た。