Fahrenheit -華氏- Ⅲ
それとほぼ同時「ジャーっ!」と水を流す音が聞こえてきて、扉が開き、向かい合った個室から出てきたのは
緑川さん
あたしは目をまばたいた。顔を合わせた緑川さんも目を丸めている。
けれどあたしたち何でもない風を装って、個室から出て洗面所に向かうと
あたしたちは示し合わせたつもりはなかったけれど、何事もなかったかのように彼女たちを囲むように二手に別れ端と端で手を洗った。
「か、柏木補佐……緑川さん……」
と、一人の女性社員が慌てたように声をあげる。
洗面所の蛇口を捻り手を洗っている最中に問われ
あたしは手を洗いその手のひらを擦り合わせながら(とは言っても包帯が巻かれている場所を避けてと言うのは結構大変)、その場まで視線を落とし、またまたそのままの姿勢で、彼女たちの方を見もせず
「何か?」と答えた。
「さっきの………」女性社員の一人が恐る恐る聞いてきて
あたしは顔を上げて、鏡の中に映る彼女たちを鏡越しで見据えて
「高そうなものではなく、実際高いものです。けれど自慢をしているつもりはありませんし、ましてや誰かに貢いでもらったものじゃありません。
私は仕事をして、それなりに稼いでいるので。
観賞用?それで結構です。
妥協して中途半端な男性とお付き合いするのは時間の無駄ですので、観賞用の方がマシです」
キッパリ言うと、女性社員たちはたじろいだように一歩後退。
「あざとくて何が悪いのぉ?だって男にモテたくて研究するのって普通じゃん?
少なくとも影でこそこそなんて葉月しないけどぉ。
リア充?当たり前じゃん、幸せを自慢して何が悪いの?葉月何か迷惑なことした?て言うか、二村くんの腕時計をチェックする方がよっぽど陰険だと思うけど?一歩間違えればストーカーだよね。
モテたいんならこんな所で油うってないで、もっと研究したら?お得意のSNSチェックでもして」
緑川さんが反対側で言って、しかし彼女も前を向いたまま顔だけを上げて手をこすり合わせている。
両側からの攻撃で、女性社員たちは何も言い返すことなく慌てて立ち去った。
あたしたちは顔を見合わせて、笑い合った。