Fahrenheit -華氏- Ⅲ
内緒話を盗み聞きするなんて悪趣味だが、実際気になるし、何となくあの二人の雲行きも怪しい。
「離してよ!空ちゃんには関係ないでしょ」
”空―――ちゃん”……?
瑞野さんが珍しく声を荒げて、乱暴な仕草で二村の腕を払った。
「関係ある!」
瑞野さんのその手を二村がまたも捉え
「や……っ!」
瑞野さんが声を震わせた。
俺は二村の手を掴んでいた。
ほとんど無意識だった。これじゃ隠れて盗み聞きしていた意味もないし、もしかして疑われるかもしれないが、そうせざるには得なかった。
二村はてっきり俺が立ち去っていったと思ったのだろう、少し驚いたように目をまばたく。
「瑞野さん、嫌がってンだろ、
その手を離せ」
俺が声を低めると、二村は面白く無さそうに俺の手を乱暴に振り払った。
いつもにこにこ愛想が良いツラじゃなく、やはり俺を射貫くように睨んで
ヤツは無言で立ち去って行った。
最近……俺はヤツのむき出しの感情を目にしている気がする。その頻度が増えていっている。
何だ…?
どこで、だ?
ヤツのスイッチが切り替わるポイント……
「何なんだよ、あいつ。一体何がしたいわけ?」
俺の本心が口に出たのか、瑞野さんが顏を上げ俺とばっちり視線が合うと、彼女は慌てて顔をそらした。
「あの…あたし、やっぱりご飯はいりません。すみません、失礼します」
瑞野さんは深々と頭を下げると、まるで逃げるように立ち去って行った。
俺、何にもしてねぇのに、何で二人が俺から遠ざかっていくんだ??
ま、関係ねぇ―――のか…??
いや、あるな。
二人は”俺”と言う媒体を通して何らかの感情を隠し持っている。そしてその”感情”こそが今回の派閥争いの裏に隠された”目的”だ。
それにしても―――名前を呼びあう…って普通の関係じゃないよな。
二人の親密さを物語っている。
だ・け・ど
ふわっ
またも大きな欠伸が浮かんで、頭の後ろをわしゃわしゃと掻きながら、コンビニに向かうことにした。
今、考えたって考えまとまんねぇ。
徹夜のうえ、瑞野さんを見守りながら仕事って体力も精神力も限界だ。
会社を出ると、若干湿気を帯びた生ぬるい風が通り抜けていった。
道路は昨日の激しい雨の名残を残していて水たまりがいくつもできていたし、枯れ葉も飛び散っている。
けれど空だけは、まるで何事もなかったかのように太陽の光が降り注いでいた。
昨日の嵐が嘘のようだ。