Fahrenheit -華氏- Ⅲ
後ろから瑠華を抱きしめている俺は、すれ違った従業員に見られでもしたら、それこそ変な噂が秒で回りかねない、が。
今はまだこうしていたい。
瑠華の華奢な体…
久しぶりに抱きしめる体は柔らで、ちょっと力を入れたら折れそうなぐらい華奢で…
て言うか、痩せた…?元々華奢なひとだったけれど、それよりも一回り小さくなった気がする。
瑠華の髪から覚えのある花の香りが香ってくる。
昨日、瑞野さんの髪にキスしたように、同じ様に彼女の頭にキスを落としたくなる。
瑞野さんの顏に似ていて、瑞野さんの香りに似ていて―――
でも俺が求めているのは、
瑞野さんじゃない。
「あの……部長…?」
瑠華が後ろを見るように顔だけを上げ、おもむろに視線が合った。
白い陶器のようなきめ細やかな肌。長い睫毛。今日はちょっと濃い目のリップ。
瑞野さんとは―――やっぱり似ていない。
だって、瑠華は瑠華だ―――
誰も代わりになれない。
俺はこのひとを、
柏木 瑠華と言う女をただ、
守りたいだけなんだ。
でも今はこうして後ろから抱き止めることしかできない。
ごほん…
裕二の咳払いが聞こえてきて、俺はここに来て裕二が居ることを再確認した。
ヤッベ…
まぁ見られたのが裕二で良かったっちゃ良かったが。
俺は瑠華から体を離し、床に落ちたファイルを拾いながら
「わり、で?話って?」と裕二を振り返った。
裕二はちょっと俯き、
「やっぱいいや」と小さく言うと、俺の横を通り過ぎて行こうとして―――…
思い直ったのか、くるりと踵を返してまっすぐツカツカと俺の方へ向かってくると
「”これ”
柏木さんのPCに差し込んでおけ。それさえしておけば、いざとなったとき何とかなるかも…」
瑠華に聞こえないよう、ひそっと声を押し殺し、裕二はきゅっと俺に”何か”を握らせた。
その”何か”―――握った手のひらを広げようとすると、裕二がぎゅっと押し返す。
何なんだよ、気味わるいな……
と訝しみながら、今度こそ立ち去るヤツの後ろ姿を見送り、
「部長、大丈夫ですか?足にファイルをぶつけられたんじゃ……」と瑠華はマイペースにファイルを拾っている。
「あ、うん……大丈夫」
俺は曖昧に笑って、瑠華と同じ様にファイルを拾う。その拾ったふしに指と指が触れた。
どちらからともなく、そのファイルを手放し、またも
バサバサっ
音を立ててファイルが落ちた。
「ごめんなさ…」
「ごめん!」
俺たち二人は何故か謝り合った。
こんなの……
こんなの望んでないよ。
こんなのイヤだよ。
「瑠―――………」
言いかけたとき
「部長~♪」
今朝の不機嫌をすっかり仕舞いこんだ二村がにやにやしながら声を掛けてきて、俺は言葉を飲み込んだ。