Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「部長、今日の夜の予定はどうなってますか?」
後ろで手を組み、二村がにやにやしながら(前ならにこにこと取っていたが)近づいてくる。
何だよ、今朝はまるで蛇が威嚇するかのように睨んできたくせに。相変わらず変わり身の早いヤツだな。
「今日の夜……」
は、―――瑞野さんと彼女のお母さんとディナー…
なんてことは言えない。
瑠華の前では。
「俺の予定がどうだろうが、お前にゃ関係ねぇだろ」
俺はそっけなく言い、今度こそ瑠華から手を離した。
名残惜しい―――とはこのことを言うのだろう。
彼女の細い手が白い指が遠ざかっていくのが、
寂しい。
「そうなんですね~、一緒に呑みに行こうかと思って。あ、その後キャバクラとか行こうかなって」
と瑠華の前で飄々と二村は言い切る。
「行かねぇよ」そっけなく返し、
俺は二村と、それから―――瑠華に背を向けた。
俺の背後で
「あ、柏木さん重そうだから半分持つよ」と二村の声が聞こえてきて
「いえ、結構です。これぐらいなら」と瑠華のそっけない声も聞こえてきた。
「持つよ、
柏木さん、
俺が半分持つ」
俺は瑠華の元に歩み寄った。
ふわり、と栗色の髪が風で揺れ、芳しいシャンプーの香りが漂ってくる。
「持つよ、
君の荷物」
持たせてよ。
半分。