Fahrenheit -華氏- Ⅲ


啓の言葉が何だか意味深に聞こえたのは気のせいなのだろうか。


結局、啓は半分……いいえ半分以上のファイルを持ってくれて律儀に資料室へ運んでくれた。


「ありがとう……ございました」


ぎこちなく頭を下げ、


「いや…これぐらいいいよ。てか言ってくれれば俺か佐々木が手伝うのに…」と啓もぎこちなく目線を逸らす。


どうしてあたしの方を見てくれないの―――


どうしてあなたはあたしからいつも目を逸らすの―――


ねぇ、どうして。


「ついでだからファイル片付けて……」


啓が予想もしないタイミングで振り返った。


あたしは―――啓に近づきたかったのだろうか。離れた距離がまたもふいに詰められ、びっくりした。


半分程のファイルをまだ持ったままのあたしと激しくぶつかり、


バサバサっ


と音を立てて再びファイルが床に落ちる。


「あっぶね!」


またも啓がファイルより先にあたしを気にして、抱き止めてくれた。


ふいに詰めた距離。


前から抱きしめられ、真正面から抱き合う形になったあたしたち。


ドクンドクン


またもあたしの心臓の秒針が早い音を立てた。


やだ……これじゃ心臓の音、聞こえちゃうじゃない…


でも


離れたくない。


思わずきゅっと啓のシャツを握ると、啓が息を呑んだ様子が分かった。


「……ごめん、痛かった?怪我してない?」遠慮がちに言われ、あたしの肩におずおずと手を乗せてくる。


あたしはゆるりと顔を横に振った。


「そっか、良かった…」


「……ごめんなさい、何度も私の不注意で」とあたしは啓の襟元に手を置き、彼を引きはがした。


名残惜しい。


まだ彼の顔を、彼の体を、彼の香りを―――感じていたい。


< 436 / 608 >

この作品をシェア

pagetop