Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「すみません、手伝っていただきまして。後は私が」と言って床に落ちたファイルを拾い上げる。
「いや、結構な量だから俺も手伝うよ」と啓も同じ様にファイルを拾い上げる。
「いえ、大丈夫です。ここまで運んでくださってありがとうございます」
いつもの無表情を装ってそっけなく言うと
「……そっか…」啓は言葉も少な目に頭の後ろを掻き、くるりと背を向ける。
嘘
ホントは行って欲しくない。
その広い背中に抱き付きたい。
唇を噛みながらぎゅっとそれを堪え、パタンと資料室の扉が閉まるのを見届けると、あたしは慌てて右耳の髪をかきあげ耳にさしたままのワイヤレスイヤホンをちょっと調整した。
「聞こえてた?」
『Off course!(勿論!』
イヤホンの向こう側から心音の声が聞こえてきた。
あたしはスーツの内ポケットに忍ばせた”通話中:心音”の表示を浮かび上がらせたスマホをPCデスクの上に置いた。
『それより、”例のブツ”は手に入れた?』
「Off course!(勿論)」と今度はあたしが頷く番だった。
啓の白いシャツを握ったとき、そして襟元に手を這わせて彼を押し戻したとき、彼が麻野さんから受け取った
USB
を手のひらの中確認した。啓の胸元に手をついたとき、そっと抜き取ったのだ。
それは何の変哲もない一見普通に見えるUSBだった。
これに何が隠されているのであろう、あたしには全く見当がつかなかった。
「ただのUSBに見えるけど?」
『昨日あたしが匿名を名乗ってユージにメールしておいたからね。彼は絶対妨害してくる筈。
瑠華、早くそのファイルをあたしに転送して』
と言われ、あたしは慌てて資料室のPCのUSB差し込み口にそのUSBを差し込んだ。
ファイルが展開され、いくつかのフォルダがあった。
「フォルダが四つ」
『OK.それを全部あたしの所に転送して。すぐ塗り替えるわ』
あたしは言われたまま、心音のPCアドレスにそのフォルダを転送した。
自分のPCで転送するのは危険極まりない。だからこうやってわざわざ資料室のPCから転送する羽目になったけれど、ファイルが重くて思いのほか時間が掛かる。
その間
『瑠華、あんた掏りにも向いてるんじゃない?』とPCのキーボードをカタカタ言わせる音に混じって心音が意地悪く言う。『それともケイトが隙だらけ?』
「Shut up!こんなこと初めてよ。心臓が壊れそうだったわ」
『それはUSBを掏る為?それともそれ以外の理由?』
心音がまたも意地悪く聞いてきて、あたしは額を押さえた。
「今は関係ないでしょう?時間がないの、早くして」とせっかちに言うと
『分かってるわよ。この心音サマを舐めないでもらいたいわ』と心音が皮肉る。
あたしは心音の言葉に苛立っているのだろうか―――
つい口調がきつくなった理由が的を射ていたから、きゅっとあたしは唇を噛んだ。