Fahrenheit -華氏- Ⅲ
広報部の女性社員二人が資料仕舞いを手伝ってくれている最中、まだ通話中だった心音が
『あんたも少しは変わったわね~』ふふふ、と茶化すような声がイヤホンから聞こえてきた。
あたしはイヤホンを少し整え
「煩い」と小声で眉をしかめた。
「え?」と隣の棚にいた女性社員の一人が顔を出す。
あたしは慌てて背筋を正し、
「いえ、どこへ仕舞えばいいのか分からずちょっと独り言を」
「そうですか~、大量の資料ですもんね」と女性社員は疑いもせず、せっせと手伝ってくれる。
二人のおかげで資料を仕舞うのは五分程で終わった。
「ありがとうございました、助かりました」ときっちり頭を下げると
「いいえ~、うちらのも手伝ってくださってありがとうございま~す」と間延びした声で頷きながら
「帰ろっか」と一人が言い出し「うん、早く戻らないとまた部長が煩いもんね」と話している。
「柏木補佐は?」
「私はまだ調べたいことがあるので、広報部長に何か言われたのであれば柏木の資料仕舞いを手伝ってたと言ってください」と言うと
「「は~い」」と二人は立ち去って行った。
はぁ……
何て危ない綱渡り。気が抜けたって言うのかな。
思わずその場でずるずると座り込んだ。
「何とか間に合って良かった」
再び髪をかきあげ、心音に報告すると
『あとは、そのUSBをケイトに返すだけね』
「ええ、それは適当に誤魔化すわ」
定まらない視線をぼんやりと宙に投げかける。
焦りと緊張からか、体が熱い。
着ていたジャケットを脱ぐと、
ふわり
Fahrenheitが香ってきた。ハプニングとは言えさっき抱きしめられたときの―――
啓の―――香り。
あたしはそのジャケットをきゅっと握り、強く強く―――
抱きしめた。