Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ワンペア。
♠ K ♠
いつの間にかうつらうつらしていたのだろうか、瑠華が資料室から帰ってきた気配をまるで感じなかった。(この俺様が)
……肩が痛い。
まるで石を乗せられてるみたいだ。
その痛みで目を開けると、瑠華がちょうどデスクにつくところだった。
「あ、お帰り」
まだまだ眠りを欲しているのか重い瞼をしばたかせながら、彼女を仰ぎ見ると
「ただいま戻りました」
と、いつものように素っ気ない答えが返ってきた。
さっき一瞬……いやちょっと??ハプニングとは言え抱きしめ合ったとき、
俺と瑠華は前の様な関係に戻れた気がした。
錯覚だと分かっていた。
瑠華が俺の胸元に手を置いてきたとき、俺はその手を握り返し強引に彼女を俺の胸にかき抱いていただろう。
それを止めたのは―――やはり瑠華からだった。
俺をそっと押し戻す手。
その手を―――俺は握り返すことができなかった。
待って…!
離れて行かないで!
そんな叫び声をあげてしまいそうだったが、何とか呑みこみ何ともない様子を―――装うことができたであろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると
「ただいま戻りました~」
のんびりした佐々木の声が聞こえてきて。あ、そーいや、こいつ経理部に提出する書類の不備があるって呼び出されてったな。
「もー、相変わらず頭の固い連中で困りますよ、経理部は」
と佐々木はグチグチ。俺だって経理部の連中は嫌いだ。若いヤツは融通が利くからいいけど。
佐々木は持ち返った数枚のプリントされた用紙をデスクに置きながら
「あれ?このUSB、僕のじゃないですけど…」とシンプルな白いUSBを取りあげる。
あれ?
あのUSB
あれは確か裕二が俺に手渡してきた……
『柏木さんのPCに差し込んでおけ。それさえしておけば、いざとなったとき何とかなるかも…』
裕二の言葉を思い出す。
俺は慌ててスーツのジャケットの胸ポケットの中に手を入れ、そこではじめてUSBが無くなっていることに気付いた。
ヤベ…
落としたんか?
「あ、あれ?何で佐々木んとこに?わり、それ俺の」と手を上げた。
「部長のですか?何でこんなとこに」と佐々木は訝しんでいたが、
「お前んとこ通り過ぎるとき落ちたんだろ」と、しか気にしなかった。
このときもっと裕二から手渡されたUSBの存在をしっかりと確認していれば―――
と後悔するのは、もう少し後の話。