Fahrenheit -華氏- Ⅲ
膝から力が抜けてずるずると崩れ落ちそうになる。
それを慌てて緑川さんが支えてくれる。
「柏木補佐、色々親身になってくれてありがとうございます」
緑川さんは瞳を揺らしながら、そして目がしらを指で拭いながら笑う。
「いえ、それで今後どうなさるつもりですか」
「正直……今回の件で、あたし、すごくほっとしたんです。
前のあたしならきっと悲しかったと思う。
だから―――……二村くんに対しての本当の気持ちが分かったって言うか…」
「別れる、と仰りたいのですか」
「そこまでは―――まだ考えてません。ただちょっと気持ちが冷めたって言うか……目が覚めました…
だってさっきも噂されてように、二村くんには葉月一人じゃないんだって、傍目から見ても分かるんだって…
二村くんが本当に好きなのは瑞野さんで―――……やっぱり葉月はパパの名前があるからで」
緑川さんは一気にまくしたて言いきった。
「少し、冷静になるべきですね。別れる、別れないと今すぐ判断しなくても良いのでは?ちょっとずつ距離を置いて、その間二村さんがどうでるのか見てみるのもアリかと」
「そう―――ですよね……この一件があったからって、やっぱりすぐに二村くんのこと嫌いになれないって言うか…やっぱり心のどこかで“好き”で」
「一日や二日で人の気持ちなんて変わりませんよ」
あたしはキッパリ言い切った。
「もういっそのこと、嫌いになれる“何か”があったら、諦められるのに―――」
緑川さんは俯きながらお手洗いの床に視線を落とす。
嫌いになれる『何か』――――
緑川さんには申し訳ないけれど
これは使えるかもしれない。