Fahrenheit -華氏- Ⅲ
蝶の羽根に想いを乗せて
♠ K ♠
瑞野さんが指定してきた店は、表参道にあるビストロフレンチの店だった。タクシーを慌てて拾い、10分弱で店に到着した。
”Le papillon de bonheur”と看板が掲げてある。
レンガ色の外壁、白いチョークでフランス語で書かれた黒い黒板の看板。
程よい感じに観葉植物が置いてあって、外壁には上品な文字で”Le papillon de bonheur”と蝶々のモチーフが品よく描かれていた。きっと”蝶”を意味しているのだろう。
蝶―――かぁ……
色々考えさせられるな。
真咲のピアスの蝶、瑠華の携帯ストラップの蝶。
紫利さんの働いていたクラブも”マダムバタフライ”だ。
俺って、女のことになると何かと蝶と縁があるのな。
”バタフライ・エフェクト―――”
とは、「小さな蝶が羽ばたくと、地球の裏側で竜巻が起こる」と言う、わずかな違いが後に大きな結果の差を生む理論だ、と以前真咲に聞いた。
誰しも、「もしもあの時、こうしていれば」という、未知の運命に思いをはせることがあるだろうが、今夜の俺も―――
『こうしていれば』の選択が正しかったことを、願う。
カランカラン、とカウベルの音が心地良い。
「いらっしゃいませ」きっちりと制服を着こなしたギャルソンが丁寧に出迎えてくれて
「約束を……瑞野で予約をして」と言うと、外観からくるイメージとは異なる落ち着いたアイボリーを基調とした店内、奥の方へ案内された。
俺の登場に瑞野さんと瑞野さんのお母さんが慌てて立ち上がる。
「すみません、急にお呼び立てして」と瑞野さんのお母さんがぎこちなくも頭を下げる。
瑞野さんのお母さんは品の良いグレージュのセットアップスーツを着ていた。肩程の髪も上品に巻いてある。
前回会ったときは化粧けもなく、髪もラフにまとめていたから、こうやって見ると随分雰囲気が変わる。
そして益々瑞野さんに似ていた。
つまり、歳相応の美人だ、と言うこと。
瑞野さんが歳を重ねたらこんな感じになるのだろう。
ひらひら……
ふいに俺の目の前を白いモンシロチョウが横切っていった。
見間違いかもしれない。
だってこの季節だし。
けれど、その蝶の羽ばたきの向こう側俺は瑞野さんの未来をちょっと想像する。
瑞野さんに、どんな未来が待っていようと、容姿だけは想像できた。