Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「お招きいただいて…少し遅れて申し訳ございません」俺が頭をちょっと下げると、ギャルソンが俺の椅子を軽く引いた。「お鞄をお預かりいたします」と言ってギャルソンはテーブル脇の床に置かれたこれまた洒落た藤のカゴに入れる。
それを機に俺たちはそれぞれ腰を下ろすことになった。
「すみません、私は若いひとが好むお店が分からず、みゆきが調べてくれたのでここにしましたが」
「いえ、お気遣いなく。素敵なお店ですね」
おしぼりで手を拭きながら、俺が笑みを浮かべるとお母さんはほっとしたようだ。
すぐに白ワインが運ばれてきた。
「先日は大変お世話になりました。みゆきったらあまり飲めないのに、無理をしたようで」
お母さんが恐縮したように身を縮める。
「いえ!私もしっかり止めなかったのがいけなかったので」
俺は慌てて手を振り、運ばれてきた白ワインを飲んだ。
「みゆきは程ほどににしなさいよ」とお母さんが瑞野さんを窘める。
「分かってるよ」と瑞野さんは唇を尖らせる。
何だろう……親父の元…て言うか社内だとふわふわの外見と違ってかなりデキる女なのに、ここに居る瑞野さんは歳相応、と言うか等身大な気がした。
母と娘―――か……
瑠華もきっと―――こうやって成長したユーリと共に居たかったに違いない。
こんな小さなやり取りでも―――……彼女の中には想像でしか存在しない。
オードブルのキャベツで巻いた野菜のテリーヌが運ばれてきた。
そのテリーヌを切り分けながら
「みゆきはちゃんとやっていますでしょうか。あなたの……お父様、会長さんの元で」
とお母さんが心配そうに切り出した。
「お母さん、そんなこと聞かないでよ」瑞野さんは恥ずかしそうに身を縮ませる。
「ええ、とても優秀で。なので私の父も安心してみゆきさんに仕事を任せているようですよ」
俺はにっこり微笑んだ。
正直、親父がどれほど瑞野さんの能力をかっているのか分からないが、当たり障りのない返答をした。少なくとも俺の目には優秀に見えるしな。
「良かった」
お母さんは心底ほっとしたように胸を撫で下ろし
ん??待てよ?
何で俺と会長が親子仲だと言うこと知ってるんだ??
まぁ瑞野さんが喋ったんだろうな。
神流って苗字も珍しいものだし。