Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「本当は木下…さん?もお誘いしたかったのですが、流石に急なことで…
ほら、昨日台風だったでしょう?みゆきは雷が大の苦手で、一晩中付き添ってくださったみたいだから」
お母さんが切り出したとき、俺はテリーヌを喉に詰まらせ、慌てて白ワインで流し込んだ。
思わず瑞野さんを見ると、瑞野さんはお母さんに分からない程度に顔の前で申し訳なさそうに手を合わせている。
何故なら、一晩中付き合ったのは俺だから。
「か、彼女も忙しい身ですので……あ、同期なんですよ、木下とは」
俺は聞かれてもいないのにぺらぺら。額から汗が出てきたのは白ワインに酔ったからじゃない。
「そうなんですね。みゆきからは神流部長さんと木下さんの話をよく聞いていたので。それはそれはいつも楽しそうに」とお母さんは朗らかに笑う。
「ちょっと!そんなことまで言わないでよ」と瑞野さんが目を吊り上げる。
「だって本当のことでしょう?」お母さんはちっとも堪えていない。「でも…」お母さんはちょっと目を細めて俺をまじまじ。
「こないだは暗くてよく分からなかったけれど、部長さん、とてもハンサムね」
またも俺はテリーヌの欠片でむせそうになった。一体いつになったらテリーヌを食い終わるのだろう。
「お、恐れ入ります」
そう答えるのが精一杯。
「会長さんの血を多く継いでらっしゃるのかしら。会長さんもかなり素敵な方だと窺っていましたけれど」
「いえ、私はどちらかと言うと母親似で…」
「あらそうなんですか?それはそれは美しい方なんですね」
「美人かどうか……は分かりませんが…」
またもそう答えるのが精一杯。
「実はうちの両親も離婚してて、母とは離婚以来会ってないんです」
と要らん情報を口にする俺……、瑞野さんのお母さんのペースについていけない。
「あら、そうなんですね…ごめんなさい、私変なことを聞いてしまって…、うちも離婚していて片親なんですよ」
瑞野さんのお母さんは酷くいけないことを聞いてしまった、と言った感じで目を伏せ項垂れる。
「今はそれ程気にしていません。親父……私の父は最初家事が一切できないので私が全てを。私が家を出る際には家政婦さんを雇ったみたいです。意外に不便はしていない様ですよ」
俺は場を和ませる為極力明るく言った。
ホントのことだ?