Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「二村……くんとは家族ぐるみで仲が良いのですか?」
俺は取り繕った笑顔でお母さんに尋ねた。瑞野さんのナイフが止まった。
「ええ、同じ団地で育って。同い年ですし何かと気の合う所もあったんでしょうね。特に中学時代は」
中学から―――……
カラン…
瑞野さんの皿に渇いた音を立ててナイフが落ちた。若干顔が青ざめているのは、二村と彼女との関係を隠したいからだろうか。
「す、すみませ……!」
瑞野さんは慌ててナイフを手にする。
「……いや、大丈夫?顔色悪いみたいだけど」俺が瑞野さんに視線を戻すと、彼女は青ざめたままの顔でこくりと小さく頷き「大丈夫です」と何とか頷いた。
「みゆき、酔ったの?」とお母さんは心配そうにしている。
「う……うん。あたしミネラルウォーターにする」
「そう、それがいいわね」
「気分が悪かったらお手洗いに行ってきなよ。流石に女性トイレまで付き添えないけど」
俺が苦笑いを浮かべると、瑞野さんはゆるりと首を横に振り「大丈夫です」と小さく言葉を発した。
これ以上、深く探りを入れるのは無理―――か……瑞野さんの体調が心配だ。
「瑞野さん、毎日自分でお弁当を作られているようで、素晴らしいですね」
俺は当たり障りのない会話でこの話題を切り上げた。
「ええ、私の働いている定食屋はまかないがあるので、それで済ませられるのですが」
「そうなんですね。今度食べに行きたいものです」
「是非いらしてください。チキン南蛮定食が人気で。とは言っても横浜なので遠いですが」
お母さんは苦笑い。
そんなこんなで喋りながらの食事も中盤に差し掛かった。
メイン料理の牛フィレステーキ、赤ワイン仕立てが届き、見るからに柔らかくてうまそうな肉にナイフを通らせているときだった。
TRRRR…
俺のスーツの内ポケットから電話の着信音が流れた。
仕事用の携帯だ。
「すみません、電源を切るのを忘れてしまい」俺は慌ててその携帯を開こうとして
「いえいえ、お仕事のお電話だったら大変。私たちのことは気になさらないで」とお母さんがちょっと心配そうに眉を寄せ
「では、少しだけ失礼します」
尚も鳴り続ける携帯を持って俺は洗面所に向かった。