Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ったく!一体誰だよ!
もう完全に時間外だぜ。
そんな非常識な時間に電話を掛けてきた相手を恨んだが、
着信:麻野 裕二
となっていて、俺は目をまばたいた。
何で?
一瞬無視をしようかと思ったが、それでも鳴り続けるコール音に根負けして電話に出ることにした。
通常ならあいつはプライベート用の電話に掛けてくるはずなのに、”こっち”に掛けてくるなんてよっぽどの理由だったに違いない。
「もしもし?」苛立ちを隠せない俺は低く問いかけた。こっちだって”よっぽどの理由”がある。
『啓人?お前今どこに居る?』と聞かれ
「今…?今はちょっと…表参道のビストロだけど」
俺は瑞野さんたちのテーブルを気にするように送話口を手で覆い、小声で答えた。
『表参道?ビストロ?まぁいいけど、お前今すぐ会社に戻れ』
「はぁ?今から?何で」
俺は思いっきり顔を歪めた。食事中に抜けるわけにはいかない。
「悪いけど…」と断りを入れようとすると
『緊急事態なんだよ!柏木さんが…』
俺は目を開いた。
「瑠華が!瑠華がどうした!!?怪我でもしたんか!?」
いや、瑠華が今会社にいるわけない。俺より先に帰っていったし。
『いや……怪我とかじゃないけど…とにかく会社に戻れ。
お前しか居ないんだよ。柏木さんを止められるのは!』
瑠華を―――止める?
一体何を止めると言うんだ。
「どういう…」
言いかけたところ
「部長……?」と瑞野さんがおずおずと俺に近寄ってきた。
「わり、今本当に抜けられねぇんだわ。怪我とかじゃなきゃ後で(紫利さん経由で)電話入れる」
『ちょっ…!啓っ!』
裕二が何か言ったが俺は強引に通話を切った。