Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ストッキングを通して(休日は素足)足の裏に、絨毯の感触を感じる―――筈が、あたしはふわふわと雲の上を歩いているようだった。
「瑠華―――っ!!」
啓が後を追ってきた。
瑠華―――
久しぶりに名前を呼ばれた。
それと同時にエレベーターが上昇してきて、あたしの目の前で扉が開いた。
啓に背を向けながらエレベーターに乗り込む。
「あなたが居ないから」
あたしは振り向きざま、俯きながら小さく言って、”降”パネルを押した。
「瑠―――……!」
啓は走りながら尚もあたしの名前を呼び、しかし啓の手が届く前に扉はきっちり閉まり、降下を始めた。
今度こそ
本当の意味で
嫌われた―――
そう思うと涙が込み上げてきた。
必死に涙を堪え、パンプスを手に持ったまま1階ロビーの従業員通用口の出入口パネルから出ると、交代した警備員さんが
「お疲れ様で…」と言いかけて、少しぎょっとしたように目を開いた。
「あの……靴…どうされました…?」
あたしはのろりと顔を上げ
「ちょっとヒールが折れかけてしまい、転んでしまわないように。大丈夫です、すぐにタクシーを拾いますので」
転んで―――しまった。
たった独り。
心音との電話も極力控えよう。
「そうですか、タクシー捕まえましょうか?」親切な警備員さんが申し出てくれたが
「いえ、結構です。私は大丈夫ですので」
と断りを入れると、警備員さんもそれ以上は言わず
「お気を付けて」とだけ言って帽子の鍔を下げた。