Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「これは―――二村さんの指示ですか、それともオプションですか?」
葵さんの胸の中、あたしは彼に皮肉気に聞いた。
葵さんが顏を横に振る気配がした。そのままあたしの頭に彼の顎の先が乗るのが分かった。
「違う―――と?」
「―――うん」
たっぷりと間を開けて、葵さんは答えた。
葵さんの体―――あったかい……
あたしたちの関係は単なるお金の繋がりだ。それ以上もそれ以下でもない。
でも、今のあたしは―――誰かの手に縋りたい……そう思ったのか。
もし―――……もし、葵さんが彼の言う通り何の悪意も下心もなく、ただの善意だったら―――?
誰だって良かった。葵さんじゃなくても―――
おずおずと彼の背中に手を伸ばそうとした。
そのときだった。
「瑠華っ!!!」
聞き慣れた声に目を開いて思わず手を引っ込めて声がした方を振り返る。
啓がまたも息を切らして走ってきた。
思わず葵さんの体を押し戻す。
「誰―――?」
最初に声を発したのは葵さんだった。あたしの両肩を掴みながら真剣に聞いてきて
走り寄ってきた啓が
「そっちこそ、誰なんだよ」と目を吊り上げて葵さんを睨む。
啓の目ヂカラに葵さんが怯んだ気配を感じた。
「俺は瑠華ちゃんの―――」葵さんが切り出し
「あんたが何者でもいい。でも、瑠華を―――……」
啓は言いかけて言葉を飲み込んだ。
「あんた瑠華ちゃんの何?どうゆう関係?
瑠華ちゃんを―――?続きは何だよ」と葵さんが威嚇するように目を吊り上げて啓を見上げる。
啓はそれ以上何も言うことなく、葵さんを睨んだまま
「行こう」
あたしの手を引っ張った。
「えっ!ちょっ……!」
言いかけたけれど啓はあたしの手を強く引っ張って、走り出した。
「瑠華ちゃんっ!」
葵さんの声が追ってくる。
引きずられるように、あたしも裸足のまま走った。