Fahrenheit -華氏- Ⅲ

今日、資料室で―――ハプニングとは言え、瑠華を抱きしめた。


彼女は驚いていたようだったが、その後やんわりと俺を引きはがした。


もしかしてあの時―――……


いや、考えるのは止そう。


俺は頭を振った。


第一、瑠華が裕二が防御しようとしていることなんて知らなかった筈。


俺は裕二と電話を繋いだままタクシーを降り、会社に戻った。


エレベーターは幸いこの時間帯どの機も1Fで止まっていた。


慌ててエレベーターに乗り、自分のフロアに着くとどのブースも明かりがついていなかったが、外資物流の方から僅かなキーボードを叩く音が聞こえてきて、殆ど何も考えず俺は走った。


瑠華の席、彼女は俺が予想した通り、青白い光を放つPCに向かって肘をついていた。


瑠華が振り返り、俺とまともに目があった。


皮肉だな。


このとき初めて、別れてからしっかりと目が合った気がする。


「何で―――……」


瑠華は目を開いて呟いた。


しかしすぐに「心音!」と怒鳴る。瑠華の視線の先を見ると、スマホが置いてありそこから、スピーカーにしてあったのだろう


『ユージの妨害を阻止する為、そっちに目がいってなかった!』と若干ノイズ掛かった心音ちゃんの焦った声が聞こえてきた。


瑠華は俺から目を逸らすとすぐにPCに向かい合った。


「裕二!何とかしろ!」


いくら俺が予想した稟議の内容が”偽”でないにしても、決裁も降りていないオークションに参加すること自体、会社にとって裏切り行為に値する。ここは裕二を頼るしかない。


『分かってるよ!けど早いっ!!無理だ!間に合わない!!』裕二の怒鳴り声が聞こえてきた。


俺は携帯を耳に当てながら瑠華に走り寄り


「瑠華!やめろ!!今すぐ止めるんだ!」


そう怒鳴り込んだが、


『邪魔はさせない』心音ちゃんの低い声がスピーカーから漏れ聞こえてきた。


心音ちゃん―――本気だ―――


『無理だ!早過ぎる!追いつけない!啓人、何とか柏木さんの手を止めろ!』


瑠華の手を止める、だと!?


んなこと言ったって!力づくでか!?


少し力を入れてしまえば折れそうな瑠華の華奢な手を止めることは可能だ。だが乱暴なことはしたくない。ちょっとでも力加減を間違えると瑠華が怪我を負う。


結局俺はバカの一つ覚えのように


「やめろ!」と叫ぶのが精一杯。


その一方で『Light now!!(やるのよ!!)』心音ちゃんの怒鳴り声も聞こえ、


瑠華は一瞬、そう……ほんの一瞬逡巡したようだ。


モニターを見つめながらも手はキーボードの上を彷徨っている。


チャンスだ!



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