Fahrenheit -華氏- Ⅲ
だが、落ち込んでいる暇はない。
俺は何とか立ち上がり、瑠華の後を追った。
瑠華は―――靴を脱いで、手に持っていた。
何故―――……
一種異様な気迫を感じて、俺は
「瑠華―――っ!!」
彼女の名前を叫んだ。
瑠華―――
久しぶりに名前を呼んだ。
それと同時にエレベーターが上昇してきて、瑠華の目の前で静かに扉が開いた。
瑠華は俺に背を向けながらエレベーターに乗り込んだ。
「あなたが居ないから」
瑠華が振り向きざま、俯きながら小さく言って、恐らく”降”パネルを押しているのだろう。扉がゆっくりと閉まりかける。前髪で隠れて瑠華の表情が全く読めない。
「瑠―――……!」
俺は走りながら尚も瑠華の名前を呼び、しかし瑠華に手が届く前に扉はきっちり閉まり、降下を始めた。
今度こそ
本当の意味で
瑠華を失った―――そんな気がした。
すぐにエレベーターを呼んで瑠華の後を追いかけようと思ったが、ふと思いとどまった。
あの”稟議”の内容を知っていたのは、俺以外―――
二村がいる。
ヤツの気配は感じなかったが、どこかで盗み聞きなり盗み撮りしている可能性はある。
俺は慌ててブースに戻ると、電気を点け何か隠されてないか瑠華のデスクの周りを片っ端から調べた。
椅子を引いて足元を覗いたり、PC周辺に手を這わせ何かないか探ったり、鍵付き以外の引き出しの中も見たが、怪しいものは一切無かった。
思い過ごしか?
いや、二村ならこのチャンスを利用しない筈はない。
しかし瑠華のデスク周辺で怪しいものは出てこなかった。