Fahrenheit -華氏- Ⅲ
俺はスマホをそのまま放置し、マイクロSDカードだけを握り、再びフロアを飛び出た。
今度は、瑠華を追いかけなきゃ。
エレベーターを降りるとき、瑠華は普通じゃなかった。
靴を脱ぎ、それを手に持ってふらふらになりながら―――
今追いかければ、まだ間に合う!
社員IDカードをスキャンするのも煩わしく、カードを叩き付けるようにして飛び出た。
「お、お疲れ様です!」
と警備員が声を掛けてきたが、それにも返せなかった。
それほど余裕が無かった。
まだ近くに居る筈。
瑠華はいつも東京メトロ日比谷線を利用していた。広尾駅に向かう途中、見慣れた背中が目に飛び込んできた。
華奢で、小さくて、片手で担いでさらっていきたくなるような―――
しかし彼女のその華奢な両肩を抱きしめていたのは
見知らぬ男だった。
瑠華の頭に顎を乗せ、目を伏せている―――若い……男。
大学生ぐらいだろうか。
綿あめのようなピンクのふわふわ髪が目をひく。
誰だ―――
そう思うより早く足が動いていた。
「瑠華っ!!!」
叫ぶように彼女の名前を呼び、俺は走り出していた。
瑠華がゆるりと振り返り、そしてその見知らぬ男の体を押し戻すのが見えた。
男は大きな目を寂しそうに揺らしたが、それ以上瑠華に何かをする様子ではなかった。
だが、瑠華の両腕を掴みながら
「誰―――?」
と、瑠華に―――……いいや、俺に聞いてきた。
男はブルー系のニットに黒いパンツと言うシンプルないでたちだったが、どこか目を惹くものがある。
男が纏うオーラなのか。
それは二村とは違った種類のものだった。
瑠華の元に走り寄った俺は
「そっちこそ、誰なんだよ」と大学生風の若い男を睨んだ。
男が一瞬怯んだように半歩下がった。
「俺は瑠華ちゃんの―――」
”瑠華ちゃん”―――だと!?
ふざけんな!馴れ馴れしく呼びやがって!
本心を叫びたい気持ちを何とか押さえ
「あんたが何者でもいい。でも、瑠華を―――……」
瑠華を好きな気持ちは誰にも負けない。
お前には渡さない。
そう答えたかったが、口から出ることはなかった。喉元で何とかその言葉を飲み込む。
「あんた瑠華ちゃんの何?どうゆう関係?
瑠華ちゃんを―――?続きは何だよ」と男が威嚇するように目を吊り上げて俺を睨んでくる。
そんな睨みにビビる程の俺じゃないんだよ、小僧。
けれど今の俺にはどうすることもできない。
俺に出来ること―――
「行こう」
殆ど何も考えず、俺は瑠華の手を握って踵を返した。
「えっ!ちょっ……!」
瑠華が言いかけたけれど俺は瑠華の手を強く引っ張って、走り出した。
「瑠華ちゃんっ!」
若い男の声が追ってくる。
その声に振り返りもせず、俺は瑠華の手を握ったまま東京の街を走った。