Fahrenheit -華氏- Ⅲ
走り出した―――とは言っても行く当てもなく、何も考えていなかった。
まるで安っぽいドラマみたいな展開だ。
「ちょっ…!啓っ!!
どこに行くのですか!」
啓―――
久しぶりに名前を呼ばれた。
涙が出そうだった。
どこへ行く―――?
このまま君をさらって地の果てまで、誰も知らない土地で一生。
そんなロマンチックな考えも過ったが、帰省本能と言うのか、俺たちはいつのまにか会社の駐車場に来ていた。
ロマンスの”ロ”の字もない。
男は―――追ってこなかった。
結局、あの男はそれまでだったのだ。
瑠華を追ってこない、それだけの。
俺の車が停めてある場所に到着すると、俺は彼女からゆっくりと手を離した。
お互い、肩で息をしている状態だ。
特に瑠華は俺の走りについてくるのが精一杯なのだろう。
軽く咳き込み、肩で息をしている。
「ごめん」
何に謝ったのか俺自身分からない。
まるでさらうように瑠華を連れ出したことに?
「……いえ…」瑠華が目を伏せる。俺と目を合わせることはなかった。
「ごめん」
俺はもう一度謝った。
こっちを見て―――
お願いだから。
俺を―――見て。