Fahrenheit -華氏- Ⅲ
瑠華がふわりと髪を揺らして振り返る。
俺は瑠華の手に握られたパンプスに手を伸ばし、その手からパンプスをゆっくりと引きはがした。
瑠華が怪訝そうに眉を寄せた。
俺はゆっくりと瑠華の足元に膝まづき、
瑠華の片方の手に握られたパンプスをゆっくりと引きはがすと、これまたゆっくりと瑠華の足元に膝をつき、彼女の右足をそっと持ち上げる。
細い足首。かかとは夜の道を素足で歩いたり走ったりしたからか、ストッキングは破れかけ細かな擦り傷などが出来ていた。
「靴、履かないと危ない。
怪我、するよ」
怪我―――
もうしているだろう。彼女の心に。
その傷は塞がることなく今も尚血を流し続けているのだろうか。
俺はそっと瑠華のつま先をパンプスに入れた。
戸惑ったような瑠華が膝まづいた俺を見下ろしている。
足をパンプスに入れるときに気付いた。結構な傷も出来ている。
早く手当てを……
言いかけようとしたときだった。
ふわり
瑠華の長い髪が俺の頬を掠めた。駐車場の壁に写しだされた影が俺たちを繋げている。
瑠華の手が俺の頭を両手で挟みこみ、
俺の頭にそっと
キス。
え―――……?
「瑠―――……」
俺が顔を上げようとすると、瑠華は強引にパンプスに足を入れ、もう片方のパンプスも俺から奪うようにして取った。
「一人で歩けます」
そう言って、屈んだ姿勢でもう一方の靴に足を入れ、髪を軽くかきあげ
「それでは。今日は私の方もご迷惑をおかけしました。失礼します」
瑠華は今度こそ俺に背を向け、歩き出した。
独りで。
今度こそ俺は瑠華を追えなかった。